2008年5月 9日 (金)

まだゐた朝日岩波文化人

腹が立つと書きたくなる男の獨白。

人間不在の経済論」より。

>松原信者は全般的に経済に無関心な人が多い。/そんな中で果敢に「正しい経済」について論じているのが、経済記者である木村貴である。

御指名有難う御座います。松原信者經濟擔當の木村です。但し無免許運轉。

>木村の経済観というものは、M.フリードマン流の市場原理主義・リバタリアニズムを主軸としたものである。

細かい話ですが、私はフリードマン信者ではありません。ミーゼス信者です。リバタリアニズムにお詳しい喜六郎さんは當然御存知でせうが、リバタリアニズムには大きく二つの流れがあつて、一つはミルトン・フリードマン、ジョージ・スティグラー、ゲイリー・ベッカーらに代表されるシカゴ學派、もう一つはメンガー、ベーム=バヴェルク、ミーゼス、ハイエク、ロスバードらを中心とするオーストリア學派です。このうち、金融政策を含め一切の政府介入を排する徹底した「市場原理主義」を唱へるのが私の好きなオーストリア學派です。テストに出るかもしれないのでよく覺えておくやうに。

>かつて小泉純一郎・竹中平蔵コンビが積極的に推し進めた構造改革も、市場原理主義・リバタリアニズム的な改革であり、規制緩和による富裕層への優遇・「小さな政府」志向による都市重視と地方軽視政策・郵政事業を始めとする民営化政策などにより、日本景気は一時的に回復の兆しを見せたものの、反面、ワーキング・プアやネットカフェ難民などといった新たな貧困層の出現や、北海道夕張市に代表される地方の衰退、民営化による外資系ハゲタカファンドの跳梁など構造改革(リバタリアニズム改革)の負の面が露わになってきた。

小一時間問詰めたいくらゐの突込みどころがあります。例へば……
●規制緩和がどうして富裕層優遇なのですか。例へばコメの輸入の規制緩和でコメの値段が下がれば、最も恩恵を受けるのはコメばかり食べてゐる貧困層ではありませんか。
●小さな政府がどうして地方輕視なのですか。多くの自治體の首長は皆、小さな中央政府を要望してゐるではありませんか。
●貧困層出現の原因が規制緩和であると云ふ根據を具體的データで示して下さい。あなたの嫌ひな筈の朝日岩波文化人の主張を鵜呑みにしてゐませんか喜六郎さん。いやひよつとしてあなたは匿名の朝日岩波文化人ですか。經濟學的には、例へば、政府と勞働組合が結託して最低賃金と云ふ規制を設定してゐる所爲で、もつと安い賃金でも働きたいと云ふ人々の就業機會を奪ひ、働きたいのに働けず、貧困層の増加につながつてゐると云ふのが定説なのですが。
●地方の衰退の原因が規制緩和であると云ふ根據を(以下同文)
●日本における外資系ハゲタカファンドの「跳梁」がなぜ惡いのですか。日本企業の大半は海外で「跳梁」して利益を稼いでゐるのですが、それは怪しからぬ事なのでせうか。

>そのような状況の中で、「愚かな民衆が嫌うリバタリアニズムこそが正義である!」と反民衆主義を唱える木村の経済観が如何なるものかを検証していきたい。

ははあ、すると喜六郎さんは「愚かな民衆」、つまり愚民の身方な譯ですね。西部邁大先生が聞いたらさぞ歎く事でせう。笑ひ。

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2008年2月28日 (木)

ヘタマゴすればウィキ荒らし

喜六郎氏より有益な情報。

たとえば木村貴氏。/彼は以前、自分のブログにて福田逸氏が「ヘタマゴ」という語句を使用した事を槍玉に挙げ、「ヘタマゴなる愚劣な言葉を書き連ねて平気な福田逸は馬鹿だ」とゴチエイ気取りで居丈高に非難したことがあった。/その後ウィキペディアに何者かが"「ヘタマゴ」という珍妙な言葉を使う。"と記入し、それを見た福田逸氏が「ヘタマゴ」という語句は自身の造語ではなく、国語辞典にも載っている語句だということを論証された。
早速確認。たしかに福田逸氏、次のやうにお書きになつてゐる。
最近ウィキペディアを見て吹き出したことがある。項目は、こともあらうに、私の名前である。[略]大筋では問題ないのだが、項目説明の最後に、誰かの手により、いつの間にか一行加へられてゐる。/何が加えられたかといふと、≪ブログ「福田逸の備忘録」で「ヘタマゴ」という珍妙な言葉を使う。≫といふ一文。吹き出したといふのはここである。/当然このブログを読みに来た人物が書き加へたことは言ふまでもないが、≪「ヘタマゴ」という珍妙な言葉≫と書いたといふことは、「へたまご」といふ言ひ回しを知らないといふことだらう。「へたをまごつく」――略して、ヘタマゴ。「ヘタマゴすれば民主党の政権が出来かねない」、などと使ふ。この言ひ回し、無意識に使ふ程度には私の頭に入つてゐる。今まで辞書で調べたこともなかつたが、小学館の日本国語大辞典(第二版)を引いたら、「下手なふるまいをする。ぐずぐずとまごつく」といふ説明を載せてゐる。

ああ、載せてゐる辭書もあるかもしれない。 ところで、それが何か。もう一度私の文章を見て貰ひたい。

しかし傳統を守れと聲高に叫ぶ言論人が「噂を信じちやいけないよ」だの「ヘタマゴ」だの「ガラガラクシャ」だのと愚劣な言葉を書き連ねて平氣でゐるやうなら日本文化は、つまり日本は、いづれ滅びる。

私は「ヘタマゴ」を「愚劣な言葉」とは書いたが、「珍妙な言葉」などとは書いてゐないし、辭書に載つてゐないとも書いてゐない。「噂を信じちやいけないよ」だつて、「噂」「信じる」「いけない」と分ければ當然ながら辭書にちやんと載つてゐるし、「ガラガラクシャ」だつて、擬音語擬態語辭典の類を引けば載つてゐ……ないだらうな、さすがにこれは。兎も角、それらの言葉はいづれも愚劣、下品、輕薄であることに關して變はりはない。まあ、「ヘタマゴ」と云ふ言葉だけを取り出して、「噂を信じちやいけないよ」や「ガラガラクシャ」には一言も觸れない喜六郎氏の高等戰術だか、「木を見て森を見ぬ」讀解力の高さだかについては、「お見事。とても眞似できません」 と云つておかう。

と云ふことで喜六郎氏はまたしても論破されてしまつたわけだが、經驗上、堂々と反論して「言論責任」を明らかにしてくれるなどとは全く期待してゐない。それは別に構はないのだが、好い氣になつてこんな事まで書くのは、他人に責任ある言論を求めるお方として如何なものか。

ウィキペディアに例の一文を記入したのが木村氏であるとは残念ながら断定は出来ない。なぜならば、状況証拠(福田逸氏の「ヘタマゴ」に言及してたのは木村氏だけ)はあっても決定的証拠は無いからである。

私はウィキペディアへのログインの仕方も知らないのだが、それこそヘタマゴすればウィキ荒らしの濡衣を着せられかねない。桑原桑原。喜六郎氏に知つておいて貰ひたい諺がある。七度尋ねて人を疑へ

それにしても事の發端になつた福田逸氏の文章、郵政民營化への賛否などは勿論別にして、何度讀んでも愚劣極まる。この愚劣が分からぬ人間に何を説いても無駄だらう。

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2007年6月24日 (日)

體系的ならざる論

 「言葉の救はれ」で“連載”中の「宿命の國語」170囘を眺めてゐて何だか見覺えがあるなと思つたら、昨年十一月に公開された119囘と全く同じ文章だつた。それで思ひ出したが、以前公開された136囘123囘と同じだつたし、133囘120囘と同一だつた。

 今年二月に掲載された「祝 アクセス件數3萬件突破」にはかうある。

  「言葉の救はれ――宿命の國語」は既に135囘になつたが、まだ3分の1である。體系だつた論ではないが、國語を宿命として受入れることが、時間の最尖端にゐる私たちの役割であり、さうしてこそ言葉の生命に觸れ、臺無しにされた言葉を復活させることができるといふ思ひで書いてゐる。

 國語が宿命かどうかは分からないが、同じ文章が何度も登場する「宿命の國語」が「體系だつた論ではない」事だけは確かである。

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2007年6月13日 (水)

警察も呼べない松原信者

 喜六郎さんより。

 野嵜氏は、「もう何も言はない」と宣言したにも関わらず、説明も何もなく何食わぬ顔で発言を再開ことを非難されると、「法には触れていない」と宣ったのである。/つまり、道徳的怠惰を指摘されたのに法を盾に自己正当化を図ったのである。/普段、「法と道徳の峻別」を何とかのひとつ覚えのように訴えていたのは野嵜氏ら松原信者ではなかったのか?/さらに野嵜氏の盟友である木村貴氏は、盟友の知的怠惰を批判することもなく野嵜氏擁護をする始末である。/「法と道徳の峻別」を唱えて、前田嘉則氏や加地伸行氏や私を居丈高に非難していたのは何処の誰でしたっけ?/自分たちの世間の外に居る人達には偉そうに批判して、身内の人間の知的怠惰は見て見ぬふり。/松原信者は西欧の「先進性」を称揚し、日本の「後進性」を痛罵するくせに、こういう世間べったりな所は実に日本的である。

 時間が無いので詳しくは後日論ずるとして、取敢へず喜六郎さんが何を勘違ひしてゐるか、そのヒントだけ擧げておきます。

 ●ウェブで「騙り」をはじめとする嫌がらせをさんざんやられたのに嫌気が差し、堪りかねて「もう何も言はない」と宣言した後、發言を再開する事は「道徳的怠惰」なのでせうか。例へば、喜六郎さんが好きなワーキングプアの人が職場でさんざん嫌がらせをされて、「もう二度と働かない」と周圍に宣言し、その後、再び働き始める事は「道徳的怠惰」なのでせうか。

 ●「道徳的怠惰」でもない事を「道徳的怠惰」呼ばはりする滅茶苦茶な輩に對し、自らの權利を守る爲に法律を持出す事は許されないのでせうか。例へば、日頃道徳と法の峻別を説くワーキングプアの人が「もう二度と働かない」と宣言して仕舞つたばつかりに、周りの人間から「お前云つたよな、二度と働かないつて云つたよな、それでまた働きますつて云ふのは、お前の常日頃指彈する道徳的怠惰だよな。さうだよな。二度と會社に顏出すなこのボケ!」と因縁をつけられた時に、勞働は憲法や勞働法で認められた權利であると主張する事は、言行不一致の怪しからぬ行爲なのでせうか。

 ●そもそも「法と道徳の峻別」「政治と道徳の峻別」を説く人間は、法的・政治的權利を主張する事自體がをかしいと喜六郎さんはお考へなのでせうか(さうとしか讀めませんが)。すると私や野嵜さんは強盜に遭つても警察を呼ぶ事は許されないと云ふ事ですか。もう一つ云へば、喜六郎さんはひよつとして、「峻別」と「否定」を同じ意味だと思つてゐませんか。

 ●塗炭さんが指摘されてゐるやうに、「法と道徳の峻別」と云ふ表現は誤解を招く恐れがありました。なぜなら、「法」には大きく二つの種類があるからです。すなはち自然法と實定法です。自然法とは「殺すなかれ」「盜むなかれ」に代表されるやうに、法律が出來る前から存在してゐた正不正の基準です。これは道徳に等しいと云へるでせう。實定法とは「自動車が右を走つたら道交法違反」「インサイダー取引は證取法違反」「無斷コピーは著作權法違反」のやうに、單に國會でさう決まつたから從へと云ふ類の法律、つまり行政法や經濟法の大部分です。これは政治に等しいと云へるでせう。従つて、政治と法と道徳との關係について深く考へた事もない喜六郎さんが誤解して譯の分からぬ事を書いて仕舞ふのも無理からぬ話で、これは私の反省材料です。誰でも分るやうな文章を書かないと。

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2007年6月 8日 (金)

みかんさん、宜しく

 「みかん」さんと云ふ人が偉い劍幕で野嵜さんに詰寄つてゐます。

 「もう何も言わない」といっていたのにまたしゃしゃり出て来た理由はなんなのだ。答えろ。

 これに對し野嵜さんが「一度默つたら二度と口を利いてはいけないと云ふ法が何處にあるのですか。典拠を御示し下さい」と仰つたところ、

 法ではない。ただウェブ上で公言したことはいわば読者に対する約束。要するに、野崎は約束なんか守ろうが破ろうが俺の勝手だ、知ったことか、と言っているわけだ。これでよく判ったよ。

 なるほど。みかんさんは、野嵜さんがウェブ上で公言した「読者に対する約束」とやらを破つた事が許せないわけだ。それぢやあ野嵜さんにそのうち試して貰ひたい事があるのですが、「言葉 言葉 言葉」のトップページに「これからは毎日更新する」と書いてみて下さい。一日でも休めば、みかんさんが「約束を破るな!更新しろ!」と矢のやうに催促して呉れる事でせう。我々讀者は大いに助かります。みかんさん、どうぞ宜しく。

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2007年6月 7日 (木)

をかしなをかしなニート批判

 「いちご」さんと云ふ人が、誠に勇ましいニート批判を書いてゐます。經濟學的な啓蒙に格好の素材なので、少しく詳しく論評しませう。

 生活保護受給世帯よりも低収入の「ワーキング・プア」が急増している。それらの人たちが国の世話にならずに、貧しいながらも働いているのは、ひとえに彼らの人間としてのプライドの故だろう。

 人間は何の爲に働くのでせうか。「プライド」などと云ふ腹の足しにならないものの爲よりも、より多くの收入を得て生活水準を高める爲でせう。ワーキング・プア諸氏が現在貧しくとも働いてゐるのは、さうする事によつて將來の收入を「生活保護受給世帯」以上に高め得ると判斷してゐるからでせう。御承知のやうに、仕事と云ふものは「兔に角やつてみる」事でしかスキルを高められないし、能力を認めて貰ふ事も出來ません。例へば、無名のロックバンドは、極端な話、ノーギャラでも良いから兔に角舞臺に立たない限り、聽衆に認知して貰ふ事すら不可能でせう。しかし一旦認めて貰へれば、スターにはなれなくとも、それなりのギャラを手にするチャンスが生れます。要するにワーキング・プア諸氏も、いちごさんや私同樣、普通の人間として自分なりの予測や期待に基づいて就勞と云ふ行爲を選擇してゐるに過ぎず、それを「プライド」などと云ふ言葉を使つて賞揚するのは、無用のおべつかであり、倒錯した「弱者崇拜」であり、まるで動物園のパンダ扱ひするやうな甚だ無禮な態度であるとさへ云へます。

 そういう人たちにこそ、手厚い救済策が施されるべきだ。その乏しい収入からも、容赦なく所得税は徴収されているのである。

 經濟に無知な論者に典型的な主張です。「手厚い救済策」の内容が何であれ、政策として實施する以上、原資は税金以外にあり得ません。覺えておいて貰ひたいのは、政府が民間からより多くの税金を取立てれば、その目的がたとへ貧者救済であらうとも、その徴収先がたとへ貧者以外であらうとも、結局は貧者自身をさらに貧しくすると云ふ事です。なぜなら政府が税金を徴收した分、企業は設備投資や技術開發に充てる資金が少なくなり、個人は消費に囘すお金が足りなくなり、全體として經濟が停滯する事になるからです。經濟全體が停滯すれば、勤勞者の取り分が小さくなり、その中でワーキング・プアの取り分が現在よりもさらに小さくなるのは火を見るよりも明らかでせう。ワーキング・プアから所得税が容赦なく徴收されてゐる事は確かに理不盡ですが、その理不盡をさらなる税金徴收で解決しようと云ふのは全くの見當違ひです。ワーキング・プアを救ひたいと本心から願ふのなら、ワーキング・プアを含むあらゆる人の税負擔を減らす方策を考へるべきなのです。


 その一方で、親のすねをかじりながら、「ワーキング・プア」が支払った税金で整備された社会資本の恩恵を、のうのうと享受するニートどもがいる。

 「ニート憎し」の感情のせゐか、論理展開がますますをかしくなつてゐます。まづ、すねをかじる行爲は、かじられる親とかじる子の合意の上に成立つてゐるのですから、他人がとやかく云ふ筋合ひのものではありません。ニート太郎やニート花子が親のすねをかじつたからと云つて、いちごさんや私の財産が減るわけではないでせう。次に、いちごさんはニートが所得税を納めてゐない事が氣に喰はないやうですが、働いてゐないのだから所得が無いのは當然で、所得が無ければ所得税を納めないのも當然です。どこが問題なのでせうか。ニートは所得税を納めないと云ふ利便と引換に、自由になる金が少ないと云ふ不便も甘受してゐるのです。もしもニートの經濟的境遇(利便と不便の差引)がそれほど素晴らしいものならば、そこそこの收入のある親を持つ日本人全員がとうの昔にニートに“轉職”してゐる筈ですが、さうなつてゐないのは、大半の人がニートの經濟的境遇を羨ましいと考へてゐない證左でせう。それから、「社会資本」(多分道路や橋やダムの事でせう)の整備に使はれた税金のうち、ワーキング・プアが納めた部分は恐らく微々たるものであつて、大部分は金持ちや中産階級が納めたものでせう。だとすれば、いちごさんが賞揚するワーキング・プア諸氏も、ニートほどではないにせよ、金持ちや中産階級の「税金で整備された社会資本の恩恵を、のうのうと享受」してゐる不逞の輩の一派と云ふ事になつて仕舞ひます。やはりいちごさんはワーキング・プアの事が本當は嫌ひなのでせう。

 奴らは言う。「俺は秋葉原で美少女アニメのキャラクターグッズをたくさん買って、その分消費税を支払っているんだ! 所得税だなんだとガタガタ抜かすな!」と。しかし、根本的に間違ってるよな。

 どこが「根本的に間違ってる」のでせうか。所得税も消費税も同じ税金です。賣つた商品が高級外車だらうがパソコンだらうがポルノ雜誌だらうが、その稼ぎから拂ふ所得税はすべて貴重な血税であるのと同樣、買つた品物が美少女アニメのキャラクターグッズだらうが有機野菜だらうが哲學書だらうが、拂ふ消費税はすべて血税です。

 そんな連中が一知半解の政治論議をネットで展開しても、説得力なんてまるでない。

 一知半解の經濟論議をネットで展開する手合ひは、ニートであらうがなからうが、困つたものです。

 日本国憲法で定められた「勤労の義務」も満足に果たせない連中が、現行憲法無効論などを主張するのだから笑止千万だ。

 いちごさんこそ、日本國憲法で定められた「言論の自由」について何も分つてゐないやうです。
 


 昔福田恆存が「弱者天国」という論文を書いていたはずだが、今の日本は「無職天国」「ニート天国」だろう。次の参院選では、これらの倒錯した労働環境の改善を目指す政党の躍進を望む。ニートは断じて、現代社会の犠牲者や被害者などではない。彼らを甘やかして遊ばせているその親たちの税金や保険料を値上げするなど、懲罰的な政策をぜひ実現に移してほしい。

 參院選ねえ……そもそも參議院て必要なんでせうか。いちごさんは餘程税金や政治や懲罰が好きなやうですね。私もニートが政治家や役人や一部の學者の出世の道具になりつつある現状を憂いてゐますが、それに對する處方箋はいちごさんと全く異なります。ニートを無理矢理働かせようとする政策など税金の無駄遣ひ。親の税金や保険料を上げれば經濟全體が停滯するばかり。働きたくない人は放つておけば宜しい。その代はり、税金による生活費補助などは一切やらない。そのうへで彼らがささやかな(親の收入によつては結構な額の)小遣ひで秋葉原に買物に出掛けて行つたとして、何を咎める必要があるでせうか。他人の世話を燒くのは止めて、自分の頭の蠅を追へ、と云つておきませう。

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2007年6月 2日 (土)

木村は僞「松原信者」?

 どつちなんでせう。

>松原信者の巨魁、木村貴さん

>木村さんの言う「政治と○○の峻別」というのは、単なる規制緩和という意味でしかない。それを松原正風に言い換えることによって、持論が松原思想にさも忠実であるかのように装ってるだけである。

 私は「松原信者の巨魁」なのでせうか、それとも「松原思想にさも忠実であるかのように装ってるだけ」の新自由主義者なのでせうか。頭の良過ぎる人の議論にはついて行けません。苦笑。

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2007年3月26日 (月)

公共心の缺如・續

 喜六郎さんから反論。

 案の定、木村さんが噛みついてきたけど、誰も「堀江は公共心の欠如で逮捕された」などと書いてないんだけどね。(投稿者:kirokuro 2007/3/24 22:11

 もう一度讀んでみませう。

 裁判長の説諭要旨はどうかと思うが、妥当な判決だと思う。/今は堀江被告に限らず、公共心が欠如した富裕層が本当に増えたと思う。(「堀江貴文被告に実刑判決!」)

 さて、喜六郎さんが「妥当な判決」だと考へる根據は一體何なのでせう。それが示されてゐない以上、私のやうにわざと、いやいや、うつかり「公共心の欠如」がその根據だと誤讀する讀者がゐても仕方ありますまい。

 小林亮一氏の「東京地裁の堀江判決を批判する」によれば、裁判所はライブドアの利益計上が合法か違法かと云ふ「公認会計士ですら判断に迷う問題」について直接の判斷を避け、「投資組合は脱法目的で設立され違法」とだけ述べたさうです。しかしこれは小林氏が指摘する通り、「すべての起訴事実の土台となっている事実について法判断を回避し、『脱法目的の団体を通じてやったことだからいけないよね』というイメージだけで構成された判決」と云へないでせうか。

 私は專門家ではないのでこれ以上の事は云へませんが、喜六郎さんは「妥当な判決」と判斷する法的知識をお持ちなのでせう。どうぞそれをお聞かせ下さい。こんな事は無いと思ひますが、萬が一、それをお示しになれない場合、「何だ結局、『法的根據はよく分らないけど、ホリエモンは公共心が缺如してゐる奴だから有罪!』と云つてゐるのと同じぢやないか」と思はれかねませんから、御注意下さい。

 とにかく出鱈目でもいいから、人を叩きたくて仕方ないんだろうな。

 「人を叩きたくて仕方ない」のはお互ひ樣。但し當方は、「公共心が缺如してゐるから有罪」と云ふ本音を思はず行間に漏らして仕舞ひ、それを指摘されると「そんな事は書いてゐない」といきり立つやうな「出鱈目」をやらかす度胸はありませんけどね。

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2007年3月22日 (木)

公共心の缺如

 法と道徳を峻別出來ない日本人、その一例。

 裁判長の説諭要旨はどうかと思うが、妥当な判決だと思う。/今は堀江被告に限らず、公共心が欠如した富裕層が本当に増えたと思う。(「堀江貴文被告に実刑判決!」)

 「公共心の缺如」と云ふのは刑法の何條に違反するのか、教へて貰ひたいものである。恐らくその刑法の條文には「富裕層にのみ適用し、中産層以下はお咎め無し」とも書いてあるのだらう。喜六郎さんは素朴な正義感の持主だと想像するが、「罪刑法定主義」とか「法の下の平等」とか云ふ言葉も知つておいた方が良いと思ふ。

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2007年1月27日 (土)

脅迫メール(8)

 12時30分までに新規のメール無し。

 私が佐藤俊さんと同一人物だとかつるんでゐるとか妄想に基づく言ひ掛かりをつけた擧句、私を誹謗するFAXを手當り次第に送りまくつてやると脅かした事に對して、謝罪の言葉があつても良いやうな氣がしますが、何せ「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんは俗世の常識を超越した方ですからね。

 ではさやうなら。

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2007年1月26日 (金)

脅迫メール(7)

 また(以下略)。件名無し。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/24 23:08」。


 下記のような文章を「喜六郎の小屋」に投稿しましたら、いつの間にか禁止処分を受けていました。そのブログにはなにもした覚えはないのに手回しのいいことと言うか、ずいぶん気の弱いお方のようですなあ。

 > 私は木村貴様のブログだかサイトだかへの投稿を禁止されているので、代わりにメールを送っているのですが、お利口な貴様はそのメールを全部公開しているので、実質的には書込み禁止は解除されている状態で、書込み禁止にされている私としては非常にありがたく思っています。
 一体、貴様は何のために私の書き込みを禁止したのかな。これじゃあ尻抜けだわさ。<

>ずいぶん気の弱いお方のようですなあ。

 ははは。やはり喜六郎さんや私のやうな「嗜虐趣味者」は苦勞が絶えませんね。

>一体、貴様は何のために私の書き込みを禁止したのかな。これじゃあ尻抜けだわさ。

 おおさすが会長、云はれてみればその通りです。と云ふ事でメール公開は27日土曜日の正午受信分までとします。何かこの場で云つておきたい事があれば今のうちですよ。

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2007年1月24日 (水)

脅迫メール(6)

 またしても來ました。件名「soutohasiranannda」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時は本日「11:32」。

oyasoudesukasaikinnnokaisyahanettonokojinnteki siyouhagohattodesitakasorehatittomosiranakatta.

gennzaihasoudemomukasihanaisyokuwodekitann
darounesoudena

kyaannnaniseidainikeijibannnikakikokomukotonado
dekyaasinaikarane.

暇があったら、どうせろくな仕事もしちゃあいないだろうが、↑のローマ字を読んでね。

 えーと、私はネット三昧で忙しいものですから、關心のある方は御解讀下さい。

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2007年1月23日 (火)

いぢめ論批判に再び應へる

木村貴氏のいじめ論を再び検証


 木村氏は、「馬鹿だらうと優秀だらうと人間はいぢめが好きな動物ですからいぢめが無くなるとは思ひませんが」と認識しているにも関わらず、「悪質ないじめをやらかす不良」と書いてるわけなんですが、悪質ないじめをやらかすのは、何も不良に限った事じゃあない。/学校やPTAにも評判の良い優等生が悪質ないじめに走ることは充分にあり得る話なのである。

 私は惡質ないぢめをやらかす子供全體を「不良」と呼んだのであつて、その中に「(惡質ないぢめに走る)優等生」も含んでゐます。誤解無きやう。

 さらに木村氏は、いじめられっ子は転校させて逃げればよいという考えを持ってるようだけど、転校先でまたいじめに逢う可能性は無いとはいえない。/前にも書いたけど、人間関係の生じる所には必ずいじめが生じる可能性があるのである。/何が言いたいのかというと、転校という手段は、その場しのぎにはなっても根本的な解決手段にはならないのである。

 私はいぢめを無くす「根本的な解決手段」なんぞ書いた覺えはありません。「その場しのぎ」で良いんですよ。だつて、學校に通ふ期間なんて小中高合はせても高々十二年でせう。それに、私はいぢめられる側が轉校する選擇肢だけでなく、いぢめる側を退學させる選擇肢についても書いた筈です。兩者を活用すれば、少なくとも現在に比べれば十二年間を乘切りやすくなります。勿論、廣い意味での「いぢめ」は一生續くでせう。例へば、人が脅迫メールに苦しんでゐる時に、「気の毒だなとは…あんまり思わないけど、こういったことは嗜虐趣味者ゆえの宿命だとも言える」なんて書かれたり。私は他人を理窟で攻撃した事はあるけれども、脅迫メールで攻撃した事は一度もありません。味噌も糞も一緒にするなよこの馬鹿野郎と云ひたいところですが、ぐつと我慢しませう。

 喜六郎さん曰く、「人間関係の生じる所には必ずいじめが生じる可能性があるのである」。「必ず…可能性がある」とは奇妙な日本語ですが、云はんとするところは正しい。ところで、松原正曰く、戰爭は無くならない。喜六郎曰く、いぢめは無くならない。……喜六郎さんはひよつとして松原信者でせうか。

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脅迫メール(5)

 またぞろ來ました。件名「新聞社のお仕事って大変ですね」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。差出日時「2007/01/22 22:54」。

> 明日も夜勤なので、晝間に何か書いてから出社しようと思ひます。いやはや、新聞社つて本當に不便です。<

 新聞社のお仕事とって本当に大変ざますわね。あうも夜勤と言うことは1週間になんども夜勤をするわけだ。そうすると、私は貴様のことを記者だと思っていたがそうではないのかなあ。

 新聞社の夜勤と言うと、校閲、工務、運輸関係、その他、貴様は40うん歳で、留学までさせてもらった秀才らしいから、もしかしたらデスク、うんなわきゃないか。まあどっちにしてもおいらには関係のない話。

 まあ、上司の目を盗んでネットの内職に精を出すんですなあ。

 いや、ですから前囘書いたやうに、別に上司の目を盜んでなんぞゐません。そもそもウェブに本名で書いてゐて、「情報産業」の會社の人間が氣附かないと云ふ事はあり得ない譯で。それに殘念ながら、自宅で書く分には個人の自由ですから。「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんは最近の企業内部の樣子をあまり御存知ないやうですが、今どき職場のパソコンで「内職」なんぞしようものなら、即座にブラックリスト入りでせう。まあ、高橋夘三郎さんの言論人としての素晴らしい資質が白日の下に晒された今となつては、どつちにしてもおいらには關係のない話。

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2007年1月20日 (土)

脅迫メール(4)

 さらに來ました。三通まとめて轉載します。

 第一信。件名なし。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/19 14:06」。


  konnname-ruwodasutomatakyouhakudanadotowamekaretemotumaranainode,

 こんなメールを出すとまた脅迫などと喚かれてもつまらないので中止します。

 ただ、前信に書いたように貴方の勤務先に個人的に興味がわいてきましたので、それの調べはぼちぼちやることにします。貴様の出身学校を単純に国立だと考えていたのだが、私立かもしれないのでそっちも調べなきゃならないのでちと厄介だが。

 ここでふと思いついたが、いろんな掲示板に、例えば

 下記の経歴の木村貴さんについて消息をご存知の方はmegamari@yahoo.co.jp  までお知らせください。福田恒存をやっつける会会長

  昭和39年(1964年)4月、熊本縣生まれ。昭和62年(1987年)、東京で大學を卒業、新聞社に勤務。現在、名古屋市在住。國語問題協議會會員。

 と言う文章を投稿すれば、おせっかいな人が知らせてくれるかもしれませんな。

 それから、私の姓名をキーワードにしてネット検索しているようだが無駄。おやめなさいな。調べたって何も出てきやあしませんって。

 第二信。件名なし。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/19 15:02」。


 それから、「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたい」と云ふFAXを勤務先のあちこちに送り附けてやるなどと明言するのは、脅迫です.

 そう思っているのなら警察や検察に告訴すればいいじゃあないか、貴様。そのほうが、ほとんど誰もやまないちんけなサイトで喚いているよりも早いよ。

 第三信。件名なし。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/19 17:19」。


 木村さんの休日はいつなんですか。今日はせっせとネット仕事をおやりになられているようですが。今年の地獄の箴言への書き込みを見ていると、土日が休日のようだが、今日金曜日に朝からネット三昧であるところを見ると金曜日も休日ってことかな。それとも勤務時間中にこっそりとネットの内職をおやりになっている?

 そういえば、投稿にはほとんどの場合投稿日時が秒単位で記録表示されるんでしたね。貴様が数年前にネットに取り付かれて、本名や駄部半蔵だとかいろんな名前を使って大西巨人やアレクセイの何とかの花園などに荒らしをやって、閉鎖に追い込んだことは有名だが、まさかそれらの書き込みを勤務時間中におやりあそばして
いたのではないざましょうね。もしやっていたら大変なことになるざますわよ。

 会社と言う組織は足の引っ張り合いが盛大だと言うことを良く聞くけれど、貴様の職場も似たようなもんだろう。勤務時間中にネットをやっていたとすると、過去のこととはいえ大変なことになるでしょうねえ。それらの書き込みは記録が全部残っているようだから、誰か暇人でもいて、それらの書き込みを丹念に調べ上げて会
社に通報でもされたら大変なことには、ならないか。まあ私はそんな下らんことはしないからご安心遊ばせ。

 ついでながら、地獄の箴言はすべて保存してあります。

 こちらもついでながら、「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんが如何に信頼出來る方であるかを證明するメールや投稿を首尾良く公開する事が出來ました。福田恆存氏も草葉の陰できつと喜んでいらつしやると思ひます。會社の上司や同僚がニヤニヤするのには參りましたが、ともあれ有難う御座いました。

 明日も夜勤なので、晝間に何か書いてから出社しようと思ひます。いやはや、新聞社つて本當に不便です。

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2007年1月19日 (金)

脅迫メール(3)

 またまた來ました。件名「佐藤俊 = 木村貴」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時は本日「10:16」。

 どうやら佐藤と木村は別人であることは分かったが、木村が佐藤と組んでいる疑いはまだ払拭されていない。

 私のメールや掲示板への書き込みが脅迫であると喚いているようだが、あんなものが脅迫なものか。何なら警察に相談してごらん。一笑に付されてしまうよ。例えば、暴力団員や街金業者に、・・しないとぶっ殺してやる、などと脅されて警察に駆け込んでもまともに相手にしてくれないよ、日本の警察は。桶川事件を見てみろ
。困ったものだが仕方ないね。

 何も私は貴様を脅迫するつもりはなかったし、現に脅迫などしていない。。最初の書き込みやメールに書いたように、貴様が最初から釈明しておれば、私の文章の言葉遣いが厳しくなるようなことはなかったんだ。

 あれしきの文章で脅迫されたビビルとは、貴様も情けないねえ。貴様は新聞社勤務だそうだが、まさか記者ではないだろうね。もっとも、日本の新聞記者、それどころかいわゆるジャーナリスト(ジャーナリズム)は世界的に見たら最低の部類に格付けされているそうだから、貴様が新聞記者だとしても、私ごときの下らん文章
を脅迫だと感じるようじゃ、世界中のジャーナリストから嘲られるのも無理はないやね。

 そうだとすると、姓名盗用の件とは無関係に貴様の勤務先新聞社名や、所属を知りたくなった。知ったからと言ってそれを悪用するつもりは毛頭無いから安心してね、木村貴様。

 以上。「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんに教へて貰ひたいものですが、どうして私が「私は佐藤俊さんと別人です」「私は佐藤俊さんと組んでゐません」などと「釈明」しなくてはならないのでせうか。それは他人を糞野郎呼ばはりする前にあなたが證明すべき事です。それに、私が氣附いた時にはもう、あなたは盛大に私を糞野郎だの恥知らずだのと罵つてゐたではありませんか。一體いつ、「釈明」出來たと仰るのでせうか。

 それから、「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたい」と云ふFAXを勤務先のあちこちに送り附けてやるなどと明言するのは、脅迫です。馬淵澄夫先生に聞いてみて下さい。

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2007年1月14日 (日)

虚僞に基づく中傷

 「福田恒存をやっつける会会長」が今度は佐藤俊さんの掲示板で、私(木村)を中傷してゐます。これも物證として保存しておきます。

[29] くそったれ 投稿者:二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存をやっつける会会長 投稿日:2007/01/14(Sun) 15:54

他人名盗用の糞野郎 佐藤俊こと木村貴へ 

 指示に従って操作したら読めるようになった。なんともつまらないサイト、これでは閑古鳥が鳴いているのも当然だわさ。昨年1年間の投稿数がたった28件、しかも自分の投稿数10を差しを引いたらたった18件、投稿者は5名、今年は私を除けば0.しかも、他の掲示板の管理人のように自分で穴埋めする才能なんてからっけつだから、他人の掲示板に出張って悪さのし放題、というのもなんとなく分かるような気もするねえ。

 それで、佐藤俊こと木村貴は自分のサイトに書いても誰も読んでくれないので、他人の掲示板にわざわざ出張って、ここに書いていることの何倍もの文章を投稿し、挙句の果てに姓名盗用なる恥知らずの行為を犯す羽目になったというわけだ。

 この掲示板を読んでおられる皆様、佐藤俊なる管理人は本名 木村貴、1964年4月熊本生まれの42歳、東京の大学法学部を卒業して新聞社に入社、途中スイスだかどこやらに遊学し、現在名古屋住まい、子供が1名または2名いる、というのが正体です。

[13] Re:[11] 【質問】 投稿者:佐藤俊 投稿日:2006/01/20(Fri) 22:36
ご質問、ありがたうございます。
> ・仕事はナニを生業としていますか。
客商賣の從業員。詳しい職種までは勘辯してください。
> ・結婚してますか。
してゐません。<

などというのは嘘八百。だまされないように注意しませう。

 こんなくだらないサイトを見るなんて損です、もっと面白いサイト、例えば「きっこのブログ」を見ましょう。

こんなサイトの文章を読んでいると脳みそにカビが生えてきて腐ってしまいますよ。ご用心ご用心

 以上。「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎氏は、私が佐藤俊氏と同一人物であると主張し、なほかつ私が高橋夘三郎の名を騙つて掲示板に投稿したと非難してゐますが、「脅迫メール(1)」「脅迫メール(2)」で述べた通り、それらはいづれも根も葉もない話で、正直なところ、私は全く當惑してゐます。高橋氏は自分の妄想に基づき、私の事を「糞野郎」「恥知らず」呼ばはりしてゐます。そればかりでなく、私の勤め先のあちこちの職場に「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたい」と恰も私が犯罪者であるかのやうなFAXを送り附けると明言してゐます。また高橋氏は、メールや投稿で私の家族について觸れてゐます。私自身が過去にブログ等で公開した文章を子細に讀めば、誰でも私の家族構成は見當がつくとは思ひますが、私への敵意を露はにした文章の中で家族の存在にわざわざ觸れると云ふ行爲に對し、脅威を感じざるを得ません。

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2007年1月13日 (土)

脅迫メール(2)

 また來ました。件名「四月の人事異動がお楽しみですね」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時は本日「21:18」。前囘の記事のタイトルを「脅迫メール」から「脅迫メール(1)」に變へます。

高橋夘三郎こと佐藤俊こと木村貴へ

 四月の人事異動(もしあれば)がお楽しみですね。まあがんばってください。所dr、貴様がトナキさんの掲示板に投稿した文章に対する返事を改めてここにお送りいたします。あそこはいつ削除されるかもしれませんので。それに、メールで送っておけば貴様のお美しいかどうあくぁかrたない御後室様もひょっと知れお読み
になられるかもしれませんからね。

そういう嘘は信じない 投稿者:福田恒存をやっつける会会長 投稿日: 1月13日(土)21時12分7秒

佐藤俊こと木村貴へ

>といふか、これほどあわててるといふことはやつぱり本名なのね。
それにしても「5万円」とはしみつたれてるなあ。50萬とか500萬とかならともかく、5萬圓で犯罪の片棒擔ぐやつがゐるとは思へない。

 本名であるとはっきり述べているではないか。
 貴様はやったことを全然反省していないようだ。私は犯罪行為はする意向は全然なく、礼金も5万円程度が適切であろうと思ったからそう書いたまで。世の中の人は5万円でもぜひ欲しいと思う貧乏人が大勢いるんだ。50万、5百万とは大きく出たな。これくらいのことでそんな大金を払うのはかのホリエモンだって断るだろう
。貴様はそういうことも分からんお大尽様か。貴様のように国立大学を出て、スイスに留学し、(おそらく)大新聞社に就職して高禄を食んでいるらしいお受験秀才の特権階級の輩と貧乏人とは金銭感覚が違うことを少しは想像しろ。それも私が本気になって

 この段階になってもまだ嘘を吐くのか。いいかげんにしろ。下司の勘繰りというが、どういう意味か知っているのか。私の言っていることは勘繰りではない。佐藤俊=木村貴は私のここでの体験および種々の状況証拠を重ね合わせて得た絶対的な結論である。

 もしそれでも佐藤俊と木村貴が別人であると言い張り、別人でないと困るというのであれば、身分証明書を持参の上両名揃って私の前に出てこい。それならば信じてやる。こんな架空の世界で貴様が嘯いているタワ言など信じられるものか。貴様が愚かなことをしたからこういうことになったのである。

 木村貴へは下記のメールを含めて3通のメールを送っているのであるから、この件の経緯は、貴様が唄っているところの佐藤俊≠木村貴の場合の木村貴も十二分に承知のはず。万々々万が一貴様と佐藤が別人だとしても、私からのメールを読んだ時点で釈明のメールを出すことくらい簡単だろう。ところがいまだに木村からは何も
いってこないところを見ると、両名が別人であるとは到底考えられず、今となっては両名が同一人であるか否かなどうでも良いこと。私は佐藤俊=木村貴であると信じ、それを主張しているのに貴様はそれを覆すなんらの確実な証拠を提示せず、単なる言葉だけの弁解に終始しているのであるから、いくら貴様が吼えようがそんなこ
とで木村貴≠佐藤俊であることの証明にはならない。

 ともかく、下記のメール写し記載のことを粛々として実行するまでである。もし仮に貴様の言うことが正しいとしても、貴様がそれを万人が承認する証拠で証明しない限り私は既定方針通り実行するまで。

 野崎健秀に対しては私はかなり罵詈雑言を浴びせたし、迷惑も掛けたので、彼から相当なことをいわれても身から出たさび、自業自得であると考えて容認する以外にないと思っているが、貴様に対してはほとんど何もしていない(そのことは貴様のサイトの文章に対する私の全てのコメントから明白である)のに、何をとち狂った
か、私がここの掲示板に投稿した手紙に対する私の素直な感想に対して、幼児でも言わないようなむちゃくちゃな悪口雑言を浴びせ、あろうことか非難相手の姓名を盗用してまでして責任を逃れようと図るとは、木村貴という手合いはいよいよ見下げ果てた人間の屑である。

 なお、
 ご面倒をおかけします 投稿者:佐藤 俊 投稿日: 1月12日(金)18時10分17秒
當サイトはUTF-8で作成してゐますので、ブラウザのエンコードをUTF-8にしてご覽になつてみてください。

とあるが、私はPCの初心者で書いてあることの意味がちんぷんかんぷん、どうしたらよいかさっぱり分からないのでそのサイトを見ることは不可能である。

>下種の勘繰り 投稿者:佐藤 俊 投稿日: 1月13日(土)18時11分34秒

  下種とは貴様のことだ。これまでの貴様が行ってきたことの代償は非常に

 以上。あと二通ありますが、いづれも掲示板のコピペのみ(上のメールも大部分はコピペですが)なので割愛。私、「トナキさんの掲示板に投稿」なんて一度もしてゐないし、佐藤俊さんやあなたの御名前を騙つた覺えも無いのですが。妄想に基づいて他人を誹謗するのは止めて下さい、高橋夘三郎さん。

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脅迫メール(1)

 脅迫メールが來たので公開します。送信者「marimegu0751@yahoo.co.jp」。件名「姓名盗用の件」。送信日時は本日「13:51」

 佐藤俊こと木村貴へ

 渡名喜氏の掲示板に私の姓名を騙って投稿した事について、成りすましたのは木村貴ではなくて佐藤俊である、と貴様はいまだに言い逃れをして反省のかけらも見せていない。貴様が佐藤俊ではないことは明々白々である。会長が高橋夘三郎であることは世界中で私がうかつなメールを送った木村貴、貴様しかいない。それがどうして貴様とは縁もゆかりもない自称佐藤なる人間が私の姓名を知りえたのか。結論はただ1つ。貴様と佐藤俊が同一人物だからである。

 また、万万万が一、佐藤俊と木村貴が別人だとしても、佐藤俊が私の姓名を知ることは、貴様がそのことを佐藤に知らせる以外不可能である。したがって、いずれにしても貴様がこの件の首謀者であることは言うを待たない。そして、佐藤と木村が別人である場合のほうが木村の罪は思い。なぜなら、木村も姓名盗用で会長を誹謗中傷したいが、自分の利害得失を考えた挙句、自分で行うと盗用成りすましの事実が発覚した場合、というよりも発覚することは明白であるから、そういう危ない橋は他人に渡らせたほうが良いと考え、例えば「佐藤君(佐藤俊は木村を尊敬し、憧れていて文体を真似るくらいである、とまで2チャンネルへの投稿文で書いていたので佐藤俊は木村貴よりも目下であろうからこういう口調を使うであろう)、例の会長の正体が分かった。最近トナキさんの掲示板に出没しているようだから、君、例えば、会長の本名を名乗って成りすまし、非難の書き込みでもしないか。どうせこのたくらみに気がつくのは会長だけだから、われわれのやったことは誰にも知られないよ。」とまあこういうような経緯で佐藤を巧妙に誘い込んだのであろう。もしそうならば、貴様のやり方はより知能犯的であり、本人が実行した場合よりはるかに罪は重い。

 そうと分かった上は私が取り得る手段はただ1つ。昨日1月12日にトナキ氏の掲示板に投稿したように私の既定方針を粛々と実行するのみである。貴様が独立自営業者であるならば私の行為によりなんら影響を蒙ることはないであろうが、もし貴様が、ネット内で吹聴しているごとく新聞社勤務の会社員であるならば、私の行為により何らかの影響を受けることになるかもしれないが、それは貴様が過去数年間にわたってネットで散々働いてきた悪行の報い、自業自得とあきらめるほかはないだろう。貴様がネットで働いてきた悪行の証拠文章は全て保存済み。ネット中の文章は全て完全公開のものであるから、それを誰に知らせようが全く違法性はない。

 ネットへの投稿については、ネットを知らない人、特に年配者は偏見を抱いている人が多いそうだから、勤務以外の私的な時間とはいえ、ネットでやりたい放題、人の嫌がる文章の投稿を長期間にわたって反復継続したり、他人の姓名を盗用して成りすまし、その姓名盗用された本人を誹謗中傷するなどという事をしていることが判明したら、良識ある企業人であれば不問に付すことはないであろう。

 トナキ氏の掲示板に投稿した文章に書いたように、貴様の勤務先は簡単に分かるであろうが、所属部署の探索は容易ではなかろうと推測されるので、こういうやり方を思いついた。

 勤務先が分かれば、それの本社や出先部署のFAX番号は容易に知り事ができる。特に新聞社であれば紙上に公表されているので一層容易である。そこで、例えば、判明した限りのFAXに、「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたいので、お知らせくださった方にはお礼として5万円差し上げます。秘密は厳守します。礼金は最初にお知らせくださった方のみです。情報通知とお礼は、最初にメールを下さった方とメールで打ち合わせて、その情報が真実であることを確認してから、確実な方法で行います。」というような文章を一斉に送る。こうすれば社員の中には金に目がくらんで知らせてくれる者もいるであろう。また、FAXの内容を知った社員は、木村貴という社員は一体どういう行為をなしたのか、と興味を抱くかもしれないし、いないかもしれない。そんなことはどうでも良い。私はそういうことを実行するのみである。

 私が姓名を知らせるような間抜けなことをしたのは事実で、私の自業自得であったのだから、仮に貴様がどこかの掲示板に「福田恒存をやっつける会会長の正体が分かった。本名高橋夘三郎とうにんげんである」というような投稿を下のなら、それを読んだ私は驚くと同時に、しまった、なんて間抜けなことをしたんだろう、と思って、自分のうかつさを呪い、悔やむだろうが、そうした貴様の行為を恨むなどということは絶対になかった。貴様は、正道を取らず、小細工を弄したためにめんどうをしょいこんでしまったのである。しかも、この期に及んでも罪を、架空の他人になすりつけようとしてあがいている。恥を知れ。

 トナキさんの掲示板で投稿禁止されていなければ、このメールも投稿するつもりである。

 このメールの差出人(文面から判斷するに、どうやらそれは以前このブログにも出沒した「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎と云ふ人物らしい)自身、「トナキさんの掲示板」でこのメールを公開してゐるやうだから、遠慮無くこちらでも紹介させて貰ふ事にします。高橋夘三郎さん。

 さう云へば一週間ほど前、こんなメールが來たのを思ひ出しました。送信者「高橋夘三郎」。件名「目糞鼻くそを笑う それはあんたのことだろうが 会長」。送信日時「2007/01/05 12:20」

 身勝手な文章を発見

 縱書き可能な「ホームページ」で文章を公開すべきではありませんか。誰の眼にも明白な言行不一致。こんな人が主張する傳統だの文化だの、私には全く信用出來ません。

 中村義勝氏は言行不一致かもしれないが、木村、貴様もずぅーと昔から言行不一致、他人の揚げ足を取ることがそんなにうれしいですか。

 譯が分からないので放つておいたのですが、「高橋夘三郎」とは会長の事だつたのですね。しかし私は誰にも何も知らせた覺えはありませんよ。私は佐藤俊さんとは別人ですし、佐藤さんに何かを傳へた事もありません。佐藤さんもとんだ相手に捕まつて災難ですね。

 高橋夘三郎さん、何も惡い事をしてゐない人間に罪(何の罪だかよく分りませんが)を被せるやうな眞似はやめて下さい。それにしても、想像以上に「來て」ゐますね、あんた。

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2007年1月 5日 (金)

ダメな議論

 飯田泰之『ダメな議論』(ちくま新書)では、主張の妥當性をチェックする五つの方法を擧げてゐます(79~80頁)。對象は「社會・經濟問題の原因を分析するタイプの言説」としてゐますが、廣く議論文全般に通用するものです。


【チェックポイント①定義の誤解・失敗はないか】
【チェックポイント②無内容または反證不可能な言説】
【チェックポイント③難解な理論の不安定な結論】
【チェックポイント④單純なデータ観察で否定されないか】
【チェックポイント⑤比喩と例話に支へられた主張】

 私が批判した前田嘉則さんの「庶民」云々の主張は④の「單純なデータ観察で否定されないか」に引つ掛かります。「庶民」も松原氏の講演を樂しんでゐる事は事實から明らかだからです。留守晴夫氏についての主張も④に引つ掛かります。前田さんの「プロフィール」から主張の矛盾が浮び上がるからです。「悲劇『知的怠惰を論ふことの自己欺瞞』」と題する松原正氏批判の文章は⑤の「比喩と例話に支へられた主張」に引つ掛かります。「實證的な分析もなされないまま、比喩と例話で構成された主張は、基本的に信頼できない」(『ダメな議論』 70頁)からです。

 前田さんが連載を豫定されてゐる松原正論は、最低限上記のチェックポイントをクリアする文章であるやう望みます。

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前田さんの主張のどこがをかしいか(2)

 前田さんの主張についてもう一つをかしな點を再説しておきます。留守晴夫氏は雜誌で自著『常に諸子の先頭に在り』を紹介する際、初出媒體が「月曜評論」である事を明記せず、「あるミニコミ」と書きました。それについて憤つた前田さんはかう書いてゐます。

 留守先生が當該書を出すきつかけになつた媒體が『月曜評論』である以上、それを私なら明記する。さういふ感覺を大事にしたい、さういふことです。
 私には前田さんの「感覺」はよく分りませんが、それについてはもう書いたので割愛します。あの後私は、前田さんが本當にそのやうな「感覺」を大事にされてゐるのか疑問に感じるやうになりました。實物で説明しませう。前田さんのウェブサイトのプロフィールを御覽下さい。
 著書は、「文學の救ひ――福田恆存の言説と行爲と」。論文は、「神のゐない國のハムレット――尾崎豐論」「なぜ若者はオウムに走つたのか」「心的唯言論序説」「メタファーの行方――『海邊のカフカ』論」「近代文學のアルケオロジー」「言葉の救はれ・宿命の國語」など、多數。

 前田さんの著書『文學の救ひ――福田恆存の言説と行爲と』の初出媒體は「世界日報」です。ところがここにはそれが全く明記されてゐません。前田さん自身の主張に從へば、當該書を出すきつかけになつた媒體が「世界日報」である以上、それを明記すべき筈です。しかし明記してゐない。プロフィール以外のページにも見當たりません。これでは言行不一致もいいところで、前田さんに留守氏を批判する資格があるとはとても思へません。

 勿論、前田さんは『文學の救ひ』の「後書」では初出が「世界日報」である旨を明記してゐます。しかしそれは留守氏も同じです。『常に諸子の先頭に在り』の「跋文」で初出が「月曜評論」である旨を明記し、同誌編輯長に謝辭を述べてもゐるのです(それを知りつつ、まるで留守氏が恩知らずであるかのやうに指彈する前田さんの態度は極めて教條的・非寛容に見えます)。

 さらに云へば、前田さんのプロフィールには『文學の救ひ』の出版社名も明記されてゐませんし、他の論文の掲載媒體も書いてありません。前田さんが御自分の「感覺」を本當に大事にしたいと仰るのなら、世話になつた出版社や掲載誌の名を明記するのが自然でせう。雜誌と異なり、ウェブサイトに紙幅の制限は無いのですから。

 前田さんは松原正氏を批判した文章の中で、聖書の言葉を引いてゐます。しかしこれは前田さん自身が噛締めるべき言葉に外なりません。

 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟に向つて、あなたの目からちりを取らせて下さい、と言へようか。僞善者よ、まづ自分の目から梁を取り除けるがよい。

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前田さんの主張のどこがをかしいか(1)

 前田嘉則さんの主張のどこがをかしいのか、改めて述べておきます。

 知的怠惰を問はれるのは、第一義的には知識人である。しかし、昨日來てゐた人人は市井の人人である。さういう人人に、知識人の欺瞞を言つてどうするのだらうか。漱石の研究者に對して言へば、それは決して空しいものではないだらう。現在の漱石研究の水準を私は知らないが、反論であれ賞讚であれ研究者は反應してくれるだらう。しかし、研究者でも出版社の編輯者でもない私たちに、漱石の誤讀のされやうを批難してもあまり生産的ではない。誠實に生きてゐる人人を勇氣附ける(それは「いやし」などといふ卑しい言葉ではない)言葉があつても良いではないか。「庶民よ胸を張れ」さういふ言葉こそ、保守の言葉だらう。

 そんな事云つたつて、事實として毎年數十人(!)もの「庶民」が松原氏の講演に足を運んでゐるのですから、彼ら(私を含む)に餘程倒錯した趣味でもない限り、松原氏の話を有益で面白いと感じてゐるとしか考へられません。實際、講演後の懇親會で「面白かつた」「爲になつた」と云ふ感