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2007年11月11日 (日)

戰爭・アメリカ・文明

 戰爭について最近いろいろ考へてゐるのだが、きちんと書く時間がないので、本の紹介だけしておきたい。いづれも飜譯書。著者のうち、S・ハワーワスとW・H・ウィリモンはアメリカのデューク大學神學部教授、クリス・ヘッジズはハーヴァード大學神學部出身の戰場ジャーナリスト、そしてルートヴィヒ・フォン・ミーゼスはナチスを避けアメリカに渡つたオーストリア出身の經濟學者である。

 それにしても言へることは、ベトナム戰爭は、ただ一國の愚かさやひとつの失敗と云ふのではなく、むしろ、最も心の深いところに抱いてゐたアメリカ人の自己過信に由來してゐると云ふことである。わたしたちは、どこかで、世界がうまくいくやうに考へ、物事を正しく整へ、民主主義や自由をいたるところに擴めたいと考へてゐる。また、アメリカは他の國々とは違つてゐることを眞劍に信じようとしてゐる[略]。わたしたちは、利己心によつて行動したのではなく、理想によつてさうしたと信じたいのである。(S・ハワーワス、W・H・ウィリモン『旅する神の民』、211-212頁)
 戰爭にまつはる魅力は決して失はれることがない。破壞と大殺戮がともなふが、生涯かけても手に入らなかつたものを、簡單に投げ與へてくれるからだ。それは生きる目的、意味、生きる理由である。[略]戰爭こそは魅惑の萬能藥。決斷とか大義とかを意識させてくれるのが戰爭だ。(クリス・ヘッジズ『戰爭の甘い誘惑』、16頁)
 戰爭と征服が過去に於て最も重要だつたこと[略]を、敢へて否定する經濟學者はだれ一人なかつた。人類の現状決定要因の一つは、數千年の武力鬪爭があつたといふ事實である。しかし、現在にもなほ殘つてゐるもの、人類文明の本質であるものは、軍人から受け繼いだ遺産ではない。文明は「ブルジョア」精神の業績であつて、征服精神の業績ではない。掠奪を捨てて勞働を選ばなかつた野蠻人たちは、歴史の舞臺から姿を消した。(ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス『ヒューマン・アクション』、657-658頁)

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