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2007年5月 5日 (土)

檢察の暴走

 平成山人さんのブログで紹介されてゐた魚住昭『官僚とメディア』(角川ONEテーマ21)を買つて來た。「特搜檢察はいまブレーキの壊れた車のやうに暴走し始めてゐる」と云ふ一文で始まる第六章「檢察の暴走」では、ライブドア・村上ファンド事件を取上げてゐる。魚住氏はかう指彈する。

 一見華やかでも、搜査の中身は疑問だらけだ。これほど無理筋の經濟事件は戰後檢察史にもほとんど例がない。新聞やテレビではあまり報じられないが、「強制搜査に値する犯罪が本當にあつたのか。特搜の權力濫用ではないか」と言ふ法曹界や經濟界の關係者は多い。今や、檢察の公正さに對する信頼は音を立てて崩れつつあると言つてもいい。(130頁)

 搜査の具體的な問題點について、「證券取引法の專門家として知られる大學教授」はかう語る。

 檢察はライブドア側が投資事業組合で先行取得してゐたのを隱してゐたとか、買收時の價格算定が不公正だつたとか言つてますが、投資事業組合で先行取得しておいて、その後で株式交換して傘下に収めるのがいけないといふルールはどこにもありません。買收の價格算定にしても、ついこの間までみづほグループの三行統合のやうに合併比率を互ひのメンツを尊重して一對一對一などとやつてゐたわけでせう。それに、今の東證のTDネットに開示される各社のニュースリリースのうち嚴密な意味で完璧なのがどれだけあるんですかね。あの程度で僞計とか風説の流布と言ふのは無理があるんぢやないでせうか。(135-136頁)

 また、元特搜檢事で桐蔭横濱大學コンプライアンス研究センター長の郷原伸郎教授はかう指摘してゐる。

 特に起訴事實の中心となつた(1)[“自社株食ひ”と呼ばれる會計處理]は、從來の刑事處罰の對象となつてきた粉飾決算事件とは明らかに性格が異なつてゐます。要するに『儲かつたか、儲からなかつたか』『財産が増えたか、減つたか』ではなく、『儲けた金をどう會計處理するか』といふ會計處理上の技術的な問題なのです。しかも、最近のファイナンス理論では、自社株賣却益も本業による利益と本質的な違ひはなく、売り上げとして計上することも必ずしも違法ではないといふ考へ方もあり得ます。こんな會計處理上の微妙な問題について、法律や會計が專門ではない堀江[貴文]被告が違法性を認識してゐたことを立證するのは容易ではないでせう。(138頁)

 魚住氏のこの著作や大鹿靖明『ヒルズ默示録・最終章』(朝日新書)などを讀む限り、ライブドア・村上ファンド事件における檢察の主張には、やはり相當無理があるやうである。根據も無く「妥当な判決だと思う」などと斷言して仕舞ふ人は、マスコミに洗腦されてゐる可能性が大なので御用心。

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コメント

風説の流布と言ふのは無職の××は死ねとか言って回ることですよねw

投稿: 「」 | 2007年5月 6日 (日) 02時31分

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