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2007年4月29日 (日)

道徳・歴史教育なんていらない

 中央教育審議會の山崎正和會長が記者會見で「道徳教育・歴史教育は必要ない」と發言。

 山崎氏は「人の物を盗んではいけないかは教えられても、本当に倫理の根底に届くような事柄は学校制度になじまない」と話した。妊娠中絶や、競争社会で勝者と敗者が出ることなどを例に挙げ「学校で教えられるような簡単な問題ではない」と述べ、安易な道徳強化論にくぎを刺した。その上で、「代わりに順法精神、法律を教えればいい」と話した。/山崎氏は「歴史教育もやめるべきだ。わが国の歴史はかくかくしかじかであると国家が決めるべきではない」とも指摘。「歴史がどうであったかは永久に研究の対象」と述べ、同じ事柄を正反対に記述した歴史文学2冊を読み比べさせることを提唱した。(東京新聞

 政府による公教育を前提とすれば、山崎氏の主張は基本的に正しい。道徳的・歴史的問題に政府がかかはると碌な事はない。專門家の間でも永久に解決がつかないかも知れない問題について、政府が「正しい」判斷を出來る道理がないし、無理に一定の見方を強制すれば教育現場が政治的に紛糾する事は證明濟みだ。道徳教育・歴史教育は即刻廢止すべきである。奈良の大佛は誰が造らせたかとか、徳川家康はいつ幕府を開いたかとか、日本はどの國と戰爭したかとか、さう云つた事柄なら本やテレビで幾らでも自習出來る。

 私學であれば教育内容は自由だし自由であるべきだから、やりたければ道徳教育・歴史教育をやつて構はない。歴史の時間を全て從軍慰安婦問題に費やさうが、道徳の時間で教育勅語を暗唱させようが、學校經營者の責任に於いて勝手にやればよい。尤も生徒が集まるならの話だが。

 もし私が私學の經營者なら、日本語、英語、數學の三教科だけを、たつぷり時間をかけて教へる學校にする。理科は數學の應用として一部教へるかも知れないが、歴史・道徳・美術・體育は一切やらない。教育が政府の規制から完全に自由になれば、歴史・美術・體育を專門に教へる學校も出て來るかも知れない。それはそれで良い事だと思ふ。

 山崎正和氏に云ひたい事は一つだけ。そもそも中央教育審議會などと云ふ代物が不要なのである。もちろん、文部科學省も。政府は教育から手を引け。

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2007年4月19日 (木)

「銃社會」は亂射事件の原因か

 三十二人が殺害されたヴァージニア工科大での銃亂射事件をきつかけに、「銃社會アメリカ」を批判し、銃規制の強化を求める聲が高まつてゐる。しかし銃所有は本當に亂射事件の原因なのだらうか。アメリカのある自由主義的コラムニストは、寧ろ銃規制こそが今囘の悲劇を惹起こしたのだと論ずる。

 二〇〇六年、ヴァージニア州の州立大學の學生と職員に銃の攜行を認める法案が、州議會で否決された。ヴァージニア工科大の代表者は「廢案によつて、保護者、學生、教員、訪問者はキャンパスが安全だと感じるだらう」と述べた。/多分、多くの人が安全だと感じたのだらう。だが今や皆が明白な事實として認識しなければならないのは、犯罪者は法に從はないと云ふ事だ。殺人を禁ずる法に服する氣の無い者は、武器の攜行を禁ずる法の前でたじろいだりしない。銃規制で銃を一掃出來ると云ふ考へはお伽噺に過ぎない。實の所、銃規制は法に從はうとする人から武器を取上げ、犯罪者に對して無防備にして仕舞つてゐる。銃規制は學生を無力にし、殺人者を食ひ止めるには何の役にも立たなかつたのである。(アンソニー・グレゴリー「保護・武裝解除・大虐殺」)

 そもそも自らの安全確保は個人の基本的權利である。その權利を政府が人々から奪ひ、個人による自衞を許さない事を多くの市民は不思議に思はないが、それはをかしな事ではないか。アンソニー・グレゴリーはかう續ける。 

 今日、アメリカ人は政府が自分達を守つてくれると信じてゐる。だがそれは全くの見當違ひだ。一九九九年、コロラド州コロンバイン高校で二人の生徒が十二人のスクールメイトと一人の教師を射殺した時、犧牲者が失血死しそうだと云ふメモを生徒が窓に掲げてゐたにもかかはらず、警察特殊部隊は建物に突入するまでの重要な時間、二の足を踏んでゐた。「9.11」の同時テロでは、ハイジャックに遭つた犧牲者らが勇敢に反撃し、被害の擴大を防いだが、乘取られた四機の乘客乘員は皆武器の攜行を許されてをらず、カッターを持つた數人の狂信者に對して不利に立たされた。ヴァージニア工科大でも英雄的な個人はゐたが、彼らは法など氣に懸けぬ犯罪者に對し不利であつたにもかかはらず、生命を救ふため力を盡くしたのである。

 コロンバイン高校の生徒や教師が規制で銃の攜行を禁じられてゐなかつたら、ハイジャックされた飛行機の乘客乘員が武器を持つてゐたら、そしてヴァージニア工科大の學生や職員に銃があつたなら、少數の無法者に對しもつと有利に立ち向かふ事が出來た。それ以前に、無法者が犯罪行爲そのものを思ひ留まつた可能性もある。グレゴリーは「銃規制は虐殺を無くさない。虐殺を可能にするだけだ」と言ひ切る。正しい指摘だと思ふ。

 アメリカにもコロンバイン事件を題材に映畫を撮つたマイケル・ムーアをはじめ、銃規制を叫ぶ言論人は少なくないが、我が日本では銃批判以外の言論を見た事が無い。ましてや今囘のやうな亂射事件が起きたりすると、忽ちどのメディアも金太郎飴のやうな銃社會批判一色となる。いづれ馬鹿な保守派知識人が「だからアメリカは野蠻國で日本は文明國」などと書いたりするだらう。

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2007年4月 6日 (金)

戰爭・平和・英雄

史上最悪のプロジェクトに挑む~硫黄島決戦と栗林中将から学ぶ・その1

「唯一可能な方法」を合理精神で追及~硫黄島決戦と栗林中将から学ぶ・その2

過去の教義を捨て、新戦術を編み出す~史上最悪のプロジェクトに挑む・その3

 「近代科學を生み出した西洋の思想的・文化的基盤の本質」は西欧のあらゆる領域に浸透しており、太平洋戦争や硫黄島における米軍の活動にも同一の本質が伺える。というより、戦争という一大プロジェクトにおいて、思想的・文化的基盤の本質が色濃く出る。一方、日本には同一の基盤は当時も今もない。「都合の良い各分野を個々別々に撮(つま)み食ひ」して戦争に臨んだが、米国に完膚なきまで叩かれた。61年後の今、日本は米国と戦争をせずに済んでいるが、経済や技術の領域では激しい競争を繰り広げている。しかし、「豊かになつた今も、本格的な近代化を沮(はば)む宿命的な要因が残存」したままである。玉砕したとはいえ、栗林中将と硫黄島守備隊は、米軍と互角に渡り合った。最悪の状態でなぜそのようなことができたのか。その本質を考えてみることが戦死者2万人への供養と思う。

 是非御一讀を。ところで法哲學者の森村進は「戦争は民間人を含む多くの人にとって、平和時には不可能なような英雄的行為をなしとげる機会を提供し、そして現実になしとげる人もいる」(『自由はどこまで可能か』)と書いてゐる。これは正しい。栗林中將はそのやうな「英雄的行為」を見事に實行した人である。だが森村は直後に續けて「だからといってそのことは、平和よりも戦争を選ぶ理由にはならない」とも指摘する。これも正しい。

 これら二つの正しい指摘の關係について深く考へて行く事が、自分の課題の一つだと思つてゐる。

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2007年4月 2日 (月)

『迷信の見えざる手』

 早いもので「地獄の箴言」を始めて七年經つた。八年目もどうぞ宜しくお願ひ致します。氣分一新でデザインもまた變へました。

 そもそもサイトを始めたのは松原正先生の思想について書きたいと思つたから。取上げる題材は徐々に廣がつて行つたが、それでも文學・宗教・國語問題等が中心で、自分が曲りなりにも職業上專門としてゐる經濟については殆ど觸れて來なかつた。理由は三つある。第一に、仕事を思ひ出すやうな話を趣味で書いても詰らないから。第二に、經濟と趣味の分野を關聨附けて考へる事が出來なかつたから。そして第三に、經濟について實は無知だつたから。

 しかし最近、專ら經濟學や經濟思想の本ばかり讀み漁つてゐる。趣味で關心を持つて來た分野と經濟との關聨も朧氣ながら自分なりに考へられるやうになつて來た。まだまだ勉強の途上だが、いづれこれらの事柄について書ければと思ふ。

 最近讀んだ本から。

 日本人は基本的には自分の生活に即した具体的な事実に関する情報にしか関心を持たない。「観念の世界」や「超現世的な世界」には関心がないので、そのような世界にかかわる情報である「大思想」や「大宗教」にも真の関心を寄せることはない。関心があるのは役立つ情報であり、ご利益なのである。(竹内靖雄『迷信の見えざる手』 第十七章「愚者の楽園」)

 かうした日本人が集まつて作る我が日本國を、竹内靖雄は必ずしも否定してゐる譯ではない。皮肉を交へつつも「戦争さえやらなければ、日本のようにおとなしくて粒のそろった島国人間ばかりの国では、特別の賢人のいらない『愚者の楽園』の実現も不可能ではない、ということであろうか。それは現に存在している以上不可能とはいえない」と書いてゐる。愚者の樂園は日本の文化なのかも知れないし、樂園である事に變りはないのだ。尤も、竹内は忘れずかう附け加へてゐる。「ただし特別の条件の下でのみそれは可能であって、『愚者の楽園』が続くのは、愚者が試されるような危機が来ない限りにおいてである。」

 「愚者が試されるような危機」。それは例へば外國による侵略であらう。これでやつと『憲法九条を世界遺産に』に話がつながつた。次こそは感想を書く事にしよう。「次」がいつか分らないけれど。

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