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2007年1月27日 (土)

脅迫メール(8)

 12時30分までに新規のメール無し。

 私が佐藤俊さんと同一人物だとかつるんでゐるとか妄想に基づく言ひ掛かりをつけた擧句、私を誹謗するFAXを手當り次第に送りまくつてやると脅かした事に對して、謝罪の言葉があつても良いやうな氣がしますが、何せ「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんは俗世の常識を超越した方ですからね。

 ではさやうなら。

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2007年1月26日 (金)

脅迫メール(7)

 また(以下略)。件名無し。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/24 23:08」。


 下記のような文章を「喜六郎の小屋」に投稿しましたら、いつの間にか禁止処分を受けていました。そのブログにはなにもした覚えはないのに手回しのいいことと言うか、ずいぶん気の弱いお方のようですなあ。

 > 私は木村貴様のブログだかサイトだかへの投稿を禁止されているので、代わりにメールを送っているのですが、お利口な貴様はそのメールを全部公開しているので、実質的には書込み禁止は解除されている状態で、書込み禁止にされている私としては非常にありがたく思っています。
 一体、貴様は何のために私の書き込みを禁止したのかな。これじゃあ尻抜けだわさ。<

>ずいぶん気の弱いお方のようですなあ。

 ははは。やはり喜六郎さんや私のやうな「嗜虐趣味者」は苦勞が絶えませんね。

>一体、貴様は何のために私の書き込みを禁止したのかな。これじゃあ尻抜けだわさ。

 おおさすが会長、云はれてみればその通りです。と云ふ事でメール公開は27日土曜日の正午受信分までとします。何かこの場で云つておきたい事があれば今のうちですよ。

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2007年1月24日 (水)

脅迫メール(6)

 またしても來ました。件名「soutohasiranannda」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時は本日「11:32」。

oyasoudesukasaikinnnokaisyahanettonokojinnteki siyouhagohattodesitakasorehatittomosiranakatta.

gennzaihasoudemomukasihanaisyokuwodekitann
darounesoudena

kyaannnaniseidainikeijibannnikakikokomukotonado
dekyaasinaikarane.

暇があったら、どうせろくな仕事もしちゃあいないだろうが、↑のローマ字を読んでね。

 えーと、私はネット三昧で忙しいものですから、關心のある方は御解讀下さい。

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2007年1月23日 (火)

いぢめ論批判に再び應へる

木村貴氏のいじめ論を再び検証


 木村氏は、「馬鹿だらうと優秀だらうと人間はいぢめが好きな動物ですからいぢめが無くなるとは思ひませんが」と認識しているにも関わらず、「悪質ないじめをやらかす不良」と書いてるわけなんですが、悪質ないじめをやらかすのは、何も不良に限った事じゃあない。/学校やPTAにも評判の良い優等生が悪質ないじめに走ることは充分にあり得る話なのである。

 私は惡質ないぢめをやらかす子供全體を「不良」と呼んだのであつて、その中に「(惡質ないぢめに走る)優等生」も含んでゐます。誤解無きやう。

 さらに木村氏は、いじめられっ子は転校させて逃げればよいという考えを持ってるようだけど、転校先でまたいじめに逢う可能性は無いとはいえない。/前にも書いたけど、人間関係の生じる所には必ずいじめが生じる可能性があるのである。/何が言いたいのかというと、転校という手段は、その場しのぎにはなっても根本的な解決手段にはならないのである。

 私はいぢめを無くす「根本的な解決手段」なんぞ書いた覺えはありません。「その場しのぎ」で良いんですよ。だつて、學校に通ふ期間なんて小中高合はせても高々十二年でせう。それに、私はいぢめられる側が轉校する選擇肢だけでなく、いぢめる側を退學させる選擇肢についても書いた筈です。兩者を活用すれば、少なくとも現在に比べれば十二年間を乘切りやすくなります。勿論、廣い意味での「いぢめ」は一生續くでせう。例へば、人が脅迫メールに苦しんでゐる時に、「気の毒だなとは…あんまり思わないけど、こういったことは嗜虐趣味者ゆえの宿命だとも言える」なんて書かれたり。私は他人を理窟で攻撃した事はあるけれども、脅迫メールで攻撃した事は一度もありません。味噌も糞も一緒にするなよこの馬鹿野郎と云ひたいところですが、ぐつと我慢しませう。

 喜六郎さん曰く、「人間関係の生じる所には必ずいじめが生じる可能性があるのである」。「必ず…可能性がある」とは奇妙な日本語ですが、云はんとするところは正しい。ところで、松原正曰く、戰爭は無くならない。喜六郎曰く、いぢめは無くならない。……喜六郎さんはひよつとして松原信者でせうか。

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脅迫メール(5)

 またぞろ來ました。件名「新聞社のお仕事って大変ですね」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。差出日時「2007/01/22 22:54」。

> 明日も夜勤なので、晝間に何か書いてから出社しようと思ひます。いやはや、新聞社つて本當に不便です。<

 新聞社のお仕事とって本当に大変ざますわね。あうも夜勤と言うことは1週間になんども夜勤をするわけだ。そうすると、私は貴様のことを記者だと思っていたがそうではないのかなあ。

 新聞社の夜勤と言うと、校閲、工務、運輸関係、その他、貴様は40うん歳で、留学までさせてもらった秀才らしいから、もしかしたらデスク、うんなわきゃないか。まあどっちにしてもおいらには関係のない話。

 まあ、上司の目を盗んでネットの内職に精を出すんですなあ。

 いや、ですから前囘書いたやうに、別に上司の目を盜んでなんぞゐません。そもそもウェブに本名で書いてゐて、「情報産業」の會社の人間が氣附かないと云ふ事はあり得ない譯で。それに殘念ながら、自宅で書く分には個人の自由ですから。「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんは最近の企業内部の樣子をあまり御存知ないやうですが、今どき職場のパソコンで「内職」なんぞしようものなら、即座にブラックリスト入りでせう。まあ、高橋夘三郎さんの言論人としての素晴らしい資質が白日の下に晒された今となつては、どつちにしてもおいらには關係のない話。

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2007年1月20日 (土)

『憲法九条を世界遺産に』

 太田光・中沢新一『憲法九条を世界遺産に』(集英社新書)の惡口を書かうと思つて拾ひ讀みしてみたら、太田が良い事を云つてゐた。


 太田 『国家の品格』(藤原正彦・新潮新書)を読むと、今の日本人は昔の日本人が持っていた美しい武士道精神を失いつつあると書いてあります。でも、そういうことは昔から言われていることなんですよね。僕は司馬遼太郎が好きでよく読んだんですが、『竜馬がゆく』は、江戸末期のころの幕府の侍たちは、長い鎖国の中でみんな平和ボケしていて、昔の武士道精神を失ってしまっていたというニュアンスで書かれています。そこから、坂本竜馬や高杉晋作のような、骨のある武士道を持った人間が下から出てきて明治維新を起こした。/坂本竜馬や高杉晋作は、武士道を完遂した人たちだと思うんですが、じゃあ江戸時代の日本人が武士道を崇高なものだと思っていたかというと、それは違う気がします。あの時代のほとんどの日本人は、武士道というものをちょっと茶化して考えていた印象が、僕にはあるんです。[中略]昔から日本には武士道もあったけれど、落語の文化も一緒に持っていて、うまくバランスを取ってきたんじゃないかと。日本人がこれは正義だと信じる美しい武士道精神がある一方で、「いや、ちょっと待てよ」とそれを茶化す文化も同時にあったわけです。武士道の危うさを茶化して薄める芸というか、僕がやらなければならないのは、そこかなと思っているんです。

 また、『国家の品格』についてかうも發言してゐる。

 太田 ホリエモンみたいな人間はかつていなかったと決めつけているのも、ひっかかります。そんなことはないですよ。古典落語に『千両みかん』というネタがあります。[中略]こんな落語が古典として残っているということは、江戸時代にもホリエモンはいたということです。

 太田の主張の全てに同意出來るとは思はないが、少なくとも上の引用部分については、太田は借物でない自分の頭で物を考へ、『国家の品格』の杜撰を見事に批判してゐる。讀了後に改めて感想を書く事にしよう。

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脅迫メール(4)

 さらに來ました。三通まとめて轉載します。

 第一信。件名なし。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/19 14:06」。


  konnname-ruwodasutomatakyouhakudanadotowamekaretemotumaranainode,

 こんなメールを出すとまた脅迫などと喚かれてもつまらないので中止します。

 ただ、前信に書いたように貴方の勤務先に個人的に興味がわいてきましたので、それの調べはぼちぼちやることにします。貴様の出身学校を単純に国立だと考えていたのだが、私立かもしれないのでそっちも調べなきゃならないのでちと厄介だが。

 ここでふと思いついたが、いろんな掲示板に、例えば

 下記の経歴の木村貴さんについて消息をご存知の方はmegamari@yahoo.co.jp  までお知らせください。福田恒存をやっつける会会長

  昭和39年(1964年)4月、熊本縣生まれ。昭和62年(1987年)、東京で大學を卒業、新聞社に勤務。現在、名古屋市在住。國語問題協議會會員。

 と言う文章を投稿すれば、おせっかいな人が知らせてくれるかもしれませんな。

 それから、私の姓名をキーワードにしてネット検索しているようだが無駄。おやめなさいな。調べたって何も出てきやあしませんって。

 第二信。件名なし。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/19 15:02」。


 それから、「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたい」と云ふFAXを勤務先のあちこちに送り附けてやるなどと明言するのは、脅迫です.

 そう思っているのなら警察や検察に告訴すればいいじゃあないか、貴様。そのほうが、ほとんど誰もやまないちんけなサイトで喚いているよりも早いよ。

 第三信。件名なし。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時「2007/01/19 17:19」。


 木村さんの休日はいつなんですか。今日はせっせとネット仕事をおやりになられているようですが。今年の地獄の箴言への書き込みを見ていると、土日が休日のようだが、今日金曜日に朝からネット三昧であるところを見ると金曜日も休日ってことかな。それとも勤務時間中にこっそりとネットの内職をおやりになっている?

 そういえば、投稿にはほとんどの場合投稿日時が秒単位で記録表示されるんでしたね。貴様が数年前にネットに取り付かれて、本名や駄部半蔵だとかいろんな名前を使って大西巨人やアレクセイの何とかの花園などに荒らしをやって、閉鎖に追い込んだことは有名だが、まさかそれらの書き込みを勤務時間中におやりあそばして
いたのではないざましょうね。もしやっていたら大変なことになるざますわよ。

 会社と言う組織は足の引っ張り合いが盛大だと言うことを良く聞くけれど、貴様の職場も似たようなもんだろう。勤務時間中にネットをやっていたとすると、過去のこととはいえ大変なことになるでしょうねえ。それらの書き込みは記録が全部残っているようだから、誰か暇人でもいて、それらの書き込みを丹念に調べ上げて会
社に通報でもされたら大変なことには、ならないか。まあ私はそんな下らんことはしないからご安心遊ばせ。

 ついでながら、地獄の箴言はすべて保存してあります。

 こちらもついでながら、「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんが如何に信頼出來る方であるかを證明するメールや投稿を首尾良く公開する事が出來ました。福田恆存氏も草葉の陰できつと喜んでいらつしやると思ひます。會社の上司や同僚がニヤニヤするのには參りましたが、ともあれ有難う御座いました。

 明日も夜勤なので、晝間に何か書いてから出社しようと思ひます。いやはや、新聞社つて本當に不便です。

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2007年1月19日 (金)

脅迫メール(3)

 またまた來ました。件名「佐藤俊 = 木村貴」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時は本日「10:16」。

 どうやら佐藤と木村は別人であることは分かったが、木村が佐藤と組んでいる疑いはまだ払拭されていない。

 私のメールや掲示板への書き込みが脅迫であると喚いているようだが、あんなものが脅迫なものか。何なら警察に相談してごらん。一笑に付されてしまうよ。例えば、暴力団員や街金業者に、・・しないとぶっ殺してやる、などと脅されて警察に駆け込んでもまともに相手にしてくれないよ、日本の警察は。桶川事件を見てみろ
。困ったものだが仕方ないね。

 何も私は貴様を脅迫するつもりはなかったし、現に脅迫などしていない。。最初の書き込みやメールに書いたように、貴様が最初から釈明しておれば、私の文章の言葉遣いが厳しくなるようなことはなかったんだ。

 あれしきの文章で脅迫されたビビルとは、貴様も情けないねえ。貴様は新聞社勤務だそうだが、まさか記者ではないだろうね。もっとも、日本の新聞記者、それどころかいわゆるジャーナリスト(ジャーナリズム)は世界的に見たら最低の部類に格付けされているそうだから、貴様が新聞記者だとしても、私ごときの下らん文章
を脅迫だと感じるようじゃ、世界中のジャーナリストから嘲られるのも無理はないやね。

 そうだとすると、姓名盗用の件とは無関係に貴様の勤務先新聞社名や、所属を知りたくなった。知ったからと言ってそれを悪用するつもりは毛頭無いから安心してね、木村貴様。

 以上。「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎さんに教へて貰ひたいものですが、どうして私が「私は佐藤俊さんと別人です」「私は佐藤俊さんと組んでゐません」などと「釈明」しなくてはならないのでせうか。それは他人を糞野郎呼ばはりする前にあなたが證明すべき事です。それに、私が氣附いた時にはもう、あなたは盛大に私を糞野郎だの恥知らずだのと罵つてゐたではありませんか。一體いつ、「釈明」出來たと仰るのでせうか。

 それから、「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたい」と云ふFAXを勤務先のあちこちに送り附けてやるなどと明言するのは、脅迫です。馬淵澄夫先生に聞いてみて下さい。

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2007年1月15日 (月)

タダより高い物は無し

 朝日新聞中部版社會面「私のマニフェスト」、今日は作家の清水義範氏だつた。見出しは「一點豪華主義で、世界がうらやむ教育・産業縣にする」。人も羨む一點豪華主義とは何だらう。

 それと、一點豪華主義で何か一つタダにする。愛知の住民は水道代がタダ、子どもは給食代がタダ、高校生は教科書がタダ。そんなふうにしたら他縣の人はみんなうらやむはずだ。

 ちよつと待つて欲しい。例へば教科書代がタダと云つても、出版社が教科書をタダで呉れる譯ではないだらう。誰かが代金を拂はねばならない。誰か。清水氏は觸れてゐないが、それは當然愛知縣だらう。要するに税金である。それならタダではない。一見タダのやうでも税金の形で代金を拂はされるのだから、看板に僞り大有りだ。

 清水知事はかう反論するだらう。「いやいや一般縣民から税金は取りませんから」。すると誰から取るのか。選擇肢は少ない。例によつて「大金持ちや大企業から取ります」と云ふ事になるだらう。すると取立てられる税金の額にもよるが、拂ひたくない大金持ちや大企業は愛知縣から逃げ出すだらう。次は自分の番だと氣附いた中金持ちや中企業も逃げ出す用意をするだらう。一方で、愛知のタダ政策を羨む人々が他縣から押し寄せるだらう。なかなか愉快な光景である。私も今のうちに愛知に友人を作つて、ここから引越した後も送料と手間賃だけで色々貰へるやうにしておかう。

 人を助けようとする人には二つのタイプがある。自分の金で助けようとする人と、他人の金で助けようとする人である。

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2007年1月14日 (日)

虚僞に基づく中傷

 「福田恒存をやっつける会会長」が今度は佐藤俊さんの掲示板で、私(木村)を中傷してゐます。これも物證として保存しておきます。

[29] くそったれ 投稿者:二枚舌の卑劣漢にして徴兵逃れの卑怯者福田恒存をやっつける会会長 投稿日:2007/01/14(Sun) 15:54

他人名盗用の糞野郎 佐藤俊こと木村貴へ 

 指示に従って操作したら読めるようになった。なんともつまらないサイト、これでは閑古鳥が鳴いているのも当然だわさ。昨年1年間の投稿数がたった28件、しかも自分の投稿数10を差しを引いたらたった18件、投稿者は5名、今年は私を除けば0.しかも、他の掲示板の管理人のように自分で穴埋めする才能なんてからっけつだから、他人の掲示板に出張って悪さのし放題、というのもなんとなく分かるような気もするねえ。

 それで、佐藤俊こと木村貴は自分のサイトに書いても誰も読んでくれないので、他人の掲示板にわざわざ出張って、ここに書いていることの何倍もの文章を投稿し、挙句の果てに姓名盗用なる恥知らずの行為を犯す羽目になったというわけだ。

 この掲示板を読んでおられる皆様、佐藤俊なる管理人は本名 木村貴、1964年4月熊本生まれの42歳、東京の大学法学部を卒業して新聞社に入社、途中スイスだかどこやらに遊学し、現在名古屋住まい、子供が1名または2名いる、というのが正体です。

[13] Re:[11] 【質問】 投稿者:佐藤俊 投稿日:2006/01/20(Fri) 22:36
ご質問、ありがたうございます。
> ・仕事はナニを生業としていますか。
客商賣の從業員。詳しい職種までは勘辯してください。
> ・結婚してますか。
してゐません。<

などというのは嘘八百。だまされないように注意しませう。

 こんなくだらないサイトを見るなんて損です、もっと面白いサイト、例えば「きっこのブログ」を見ましょう。

こんなサイトの文章を読んでいると脳みそにカビが生えてきて腐ってしまいますよ。ご用心ご用心

 以上。「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎氏は、私が佐藤俊氏と同一人物であると主張し、なほかつ私が高橋夘三郎の名を騙つて掲示板に投稿したと非難してゐますが、「脅迫メール(1)」「脅迫メール(2)」で述べた通り、それらはいづれも根も葉もない話で、正直なところ、私は全く當惑してゐます。高橋氏は自分の妄想に基づき、私の事を「糞野郎」「恥知らず」呼ばはりしてゐます。そればかりでなく、私の勤め先のあちこちの職場に「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたい」と恰も私が犯罪者であるかのやうなFAXを送り附けると明言してゐます。また高橋氏は、メールや投稿で私の家族について觸れてゐます。私自身が過去にブログ等で公開した文章を子細に讀めば、誰でも私の家族構成は見當がつくとは思ひますが、私への敵意を露はにした文章の中で家族の存在にわざわざ觸れると云ふ行爲に對し、脅威を感じざるを得ません。

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2007年1月13日 (土)

脅迫メール(2)

 また來ました。件名「四月の人事異動がお楽しみですね」。差出人「marimegu0751@yahoo.co.jp」。送信日時は本日「21:18」。前囘の記事のタイトルを「脅迫メール」から「脅迫メール(1)」に變へます。

高橋夘三郎こと佐藤俊こと木村貴へ

 四月の人事異動(もしあれば)がお楽しみですね。まあがんばってください。所dr、貴様がトナキさんの掲示板に投稿した文章に対する返事を改めてここにお送りいたします。あそこはいつ削除されるかもしれませんので。それに、メールで送っておけば貴様のお美しいかどうあくぁかrたない御後室様もひょっと知れお読み
になられるかもしれませんからね。

そういう嘘は信じない 投稿者:福田恒存をやっつける会会長 投稿日: 1月13日(土)21時12分7秒

佐藤俊こと木村貴へ

>といふか、これほどあわててるといふことはやつぱり本名なのね。
それにしても「5万円」とはしみつたれてるなあ。50萬とか500萬とかならともかく、5萬圓で犯罪の片棒擔ぐやつがゐるとは思へない。

 本名であるとはっきり述べているではないか。
 貴様はやったことを全然反省していないようだ。私は犯罪行為はする意向は全然なく、礼金も5万円程度が適切であろうと思ったからそう書いたまで。世の中の人は5万円でもぜひ欲しいと思う貧乏人が大勢いるんだ。50万、5百万とは大きく出たな。これくらいのことでそんな大金を払うのはかのホリエモンだって断るだろう
。貴様はそういうことも分からんお大尽様か。貴様のように国立大学を出て、スイスに留学し、(おそらく)大新聞社に就職して高禄を食んでいるらしいお受験秀才の特権階級の輩と貧乏人とは金銭感覚が違うことを少しは想像しろ。それも私が本気になって

 この段階になってもまだ嘘を吐くのか。いいかげんにしろ。下司の勘繰りというが、どういう意味か知っているのか。私の言っていることは勘繰りではない。佐藤俊=木村貴は私のここでの体験および種々の状況証拠を重ね合わせて得た絶対的な結論である。

 もしそれでも佐藤俊と木村貴が別人であると言い張り、別人でないと困るというのであれば、身分証明書を持参の上両名揃って私の前に出てこい。それならば信じてやる。こんな架空の世界で貴様が嘯いているタワ言など信じられるものか。貴様が愚かなことをしたからこういうことになったのである。

 木村貴へは下記のメールを含めて3通のメールを送っているのであるから、この件の経緯は、貴様が唄っているところの佐藤俊≠木村貴の場合の木村貴も十二分に承知のはず。万々々万が一貴様と佐藤が別人だとしても、私からのメールを読んだ時点で釈明のメールを出すことくらい簡単だろう。ところがいまだに木村からは何も
いってこないところを見ると、両名が別人であるとは到底考えられず、今となっては両名が同一人であるか否かなどうでも良いこと。私は佐藤俊=木村貴であると信じ、それを主張しているのに貴様はそれを覆すなんらの確実な証拠を提示せず、単なる言葉だけの弁解に終始しているのであるから、いくら貴様が吼えようがそんなこ
とで木村貴≠佐藤俊であることの証明にはならない。

 ともかく、下記のメール写し記載のことを粛々として実行するまでである。もし仮に貴様の言うことが正しいとしても、貴様がそれを万人が承認する証拠で証明しない限り私は既定方針通り実行するまで。

 野崎健秀に対しては私はかなり罵詈雑言を浴びせたし、迷惑も掛けたので、彼から相当なことをいわれても身から出たさび、自業自得であると考えて容認する以外にないと思っているが、貴様に対してはほとんど何もしていない(そのことは貴様のサイトの文章に対する私の全てのコメントから明白である)のに、何をとち狂った
か、私がここの掲示板に投稿した手紙に対する私の素直な感想に対して、幼児でも言わないようなむちゃくちゃな悪口雑言を浴びせ、あろうことか非難相手の姓名を盗用してまでして責任を逃れようと図るとは、木村貴という手合いはいよいよ見下げ果てた人間の屑である。

 なお、
 ご面倒をおかけします 投稿者:佐藤 俊 投稿日: 1月12日(金)18時10分17秒
當サイトはUTF-8で作成してゐますので、ブラウザのエンコードをUTF-8にしてご覽になつてみてください。

とあるが、私はPCの初心者で書いてあることの意味がちんぷんかんぷん、どうしたらよいかさっぱり分からないのでそのサイトを見ることは不可能である。

>下種の勘繰り 投稿者:佐藤 俊 投稿日: 1月13日(土)18時11分34秒

  下種とは貴様のことだ。これまでの貴様が行ってきたことの代償は非常に

 以上。あと二通ありますが、いづれも掲示板のコピペのみ(上のメールも大部分はコピペですが)なので割愛。私、「トナキさんの掲示板に投稿」なんて一度もしてゐないし、佐藤俊さんやあなたの御名前を騙つた覺えも無いのですが。妄想に基づいて他人を誹謗するのは止めて下さい、高橋夘三郎さん。

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脅迫メール(1)

 脅迫メールが來たので公開します。送信者「marimegu0751@yahoo.co.jp」。件名「姓名盗用の件」。送信日時は本日「13:51」

 佐藤俊こと木村貴へ

 渡名喜氏の掲示板に私の姓名を騙って投稿した事について、成りすましたのは木村貴ではなくて佐藤俊である、と貴様はいまだに言い逃れをして反省のかけらも見せていない。貴様が佐藤俊ではないことは明々白々である。会長が高橋夘三郎であることは世界中で私がうかつなメールを送った木村貴、貴様しかいない。それがどうして貴様とは縁もゆかりもない自称佐藤なる人間が私の姓名を知りえたのか。結論はただ1つ。貴様と佐藤俊が同一人物だからである。

 また、万万万が一、佐藤俊と木村貴が別人だとしても、佐藤俊が私の姓名を知ることは、貴様がそのことを佐藤に知らせる以外不可能である。したがって、いずれにしても貴様がこの件の首謀者であることは言うを待たない。そして、佐藤と木村が別人である場合のほうが木村の罪は思い。なぜなら、木村も姓名盗用で会長を誹謗中傷したいが、自分の利害得失を考えた挙句、自分で行うと盗用成りすましの事実が発覚した場合、というよりも発覚することは明白であるから、そういう危ない橋は他人に渡らせたほうが良いと考え、例えば「佐藤君(佐藤俊は木村を尊敬し、憧れていて文体を真似るくらいである、とまで2チャンネルへの投稿文で書いていたので佐藤俊は木村貴よりも目下であろうからこういう口調を使うであろう)、例の会長の正体が分かった。最近トナキさんの掲示板に出没しているようだから、君、例えば、会長の本名を名乗って成りすまし、非難の書き込みでもしないか。どうせこのたくらみに気がつくのは会長だけだから、われわれのやったことは誰にも知られないよ。」とまあこういうような経緯で佐藤を巧妙に誘い込んだのであろう。もしそうならば、貴様のやり方はより知能犯的であり、本人が実行した場合よりはるかに罪は重い。

 そうと分かった上は私が取り得る手段はただ1つ。昨日1月12日にトナキ氏の掲示板に投稿したように私の既定方針を粛々と実行するのみである。貴様が独立自営業者であるならば私の行為によりなんら影響を蒙ることはないであろうが、もし貴様が、ネット内で吹聴しているごとく新聞社勤務の会社員であるならば、私の行為により何らかの影響を受けることになるかもしれないが、それは貴様が過去数年間にわたってネットで散々働いてきた悪行の報い、自業自得とあきらめるほかはないだろう。貴様がネットで働いてきた悪行の証拠文章は全て保存済み。ネット中の文章は全て完全公開のものであるから、それを誰に知らせようが全く違法性はない。

 ネットへの投稿については、ネットを知らない人、特に年配者は偏見を抱いている人が多いそうだから、勤務以外の私的な時間とはいえ、ネットでやりたい放題、人の嫌がる文章の投稿を長期間にわたって反復継続したり、他人の姓名を盗用して成りすまし、その姓名盗用された本人を誹謗中傷するなどという事をしていることが判明したら、良識ある企業人であれば不問に付すことはないであろう。

 トナキ氏の掲示板に投稿した文章に書いたように、貴様の勤務先は簡単に分かるであろうが、所属部署の探索は容易ではなかろうと推測されるので、こういうやり方を思いついた。

 勤務先が分かれば、それの本社や出先部署のFAX番号は容易に知り事ができる。特に新聞社であれば紙上に公表されているので一層容易である。そこで、例えば、判明した限りのFAXに、「当方の名誉に関することで貴社勤務の木村貴OO歳、の所属部署を知りたいので、お知らせくださった方にはお礼として5万円差し上げます。秘密は厳守します。礼金は最初にお知らせくださった方のみです。情報通知とお礼は、最初にメールを下さった方とメールで打ち合わせて、その情報が真実であることを確認してから、確実な方法で行います。」というような文章を一斉に送る。こうすれば社員の中には金に目がくらんで知らせてくれる者もいるであろう。また、FAXの内容を知った社員は、木村貴という社員は一体どういう行為をなしたのか、と興味を抱くかもしれないし、いないかもしれない。そんなことはどうでも良い。私はそういうことを実行するのみである。

 私が姓名を知らせるような間抜けなことをしたのは事実で、私の自業自得であったのだから、仮に貴様がどこかの掲示板に「福田恒存をやっつける会会長の正体が分かった。本名高橋夘三郎とうにんげんである」というような投稿を下のなら、それを読んだ私は驚くと同時に、しまった、なんて間抜けなことをしたんだろう、と思って、自分のうかつさを呪い、悔やむだろうが、そうした貴様の行為を恨むなどということは絶対になかった。貴様は、正道を取らず、小細工を弄したためにめんどうをしょいこんでしまったのである。しかも、この期に及んでも罪を、架空の他人になすりつけようとしてあがいている。恥を知れ。

 トナキさんの掲示板で投稿禁止されていなければ、このメールも投稿するつもりである。

 このメールの差出人(文面から判斷するに、どうやらそれは以前このブログにも出沒した「福田恒存をやっつける会会長」こと高橋夘三郎と云ふ人物らしい)自身、「トナキさんの掲示板」でこのメールを公開してゐるやうだから、遠慮無くこちらでも紹介させて貰ふ事にします。高橋夘三郎さん。

 さう云へば一週間ほど前、こんなメールが來たのを思ひ出しました。送信者「高橋夘三郎」。件名「目糞鼻くそを笑う それはあんたのことだろうが 会長」。送信日時「2007/01/05 12:20」

 身勝手な文章を発見

 縱書き可能な「ホームページ」で文章を公開すべきではありませんか。誰の眼にも明白な言行不一致。こんな人が主張する傳統だの文化だの、私には全く信用出來ません。

 中村義勝氏は言行不一致かもしれないが、木村、貴様もずぅーと昔から言行不一致、他人の揚げ足を取ることがそんなにうれしいですか。

 譯が分からないので放つておいたのですが、「高橋夘三郎」とは会長の事だつたのですね。しかし私は誰にも何も知らせた覺えはありませんよ。私は佐藤俊さんとは別人ですし、佐藤さんに何かを傳へた事もありません。佐藤さんもとんだ相手に捕まつて災難ですね。

 高橋夘三郎さん、何も惡い事をしてゐない人間に罪(何の罪だかよく分りませんが)を被せるやうな眞似はやめて下さい。それにしても、想像以上に「來て」ゐますね、あんた。

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呉智英知事の失敗

 愛知縣民以外は誰も知らないと思ふが、来月、愛知縣知事選がある。地元の新聞各紙は關聨記事を連日掲載してゐるが、十二日付朝日新聞(中部版)社會面「私のマニフェスト」に同縣出身の呉智英氏が登場した。見出しは「能力と努力で評價される公平な學歴社會にしたい」。記者の聴き書きなのかも知れないが、持論を明快に述べたもので、いつもながらすつきり讀めて氣持ちが良い。主張の内容そのものも、感情的な學歴反對論に比べれば數等優れてゐる。しかし少しく引掛かる部分があつた。

 私が知事になつたら、6年制の公立中高一貫校をつくる。獎學金制度も充實させ、貧乏でも努力次第で高學歴が手に入るやうにする。中長期的には實業高校のレベルも上げたい。愛知の工業高校を出ると一流企業に無條件で就職可能、商業高校の成績が優秀だと大學に編入學できるといふやうにする。(かな・漢字表記は變更)

 私は教育と政治を分離すべきだと考へてゐるので、そもそも公立校制度には反對であるが、それはひとまづ措く。問題は「愛知の工業高校を出ると一流企業に無條件で就職可能」と云ふ部分である。ある學生を採用するかしないか決める權利は企業側にある。「愛知の工業高校」を出た學生の中には、勿論優秀な者もゐるだらうが、かといつてそれが本當に企業の求める人材かどうかは分らない。情報技術科の學生は欲しいが土木科は要らないと云ふ企業もあるだらうし、一流企業とは云へ不景氣で新卒採用そのものが困難な場合もあるだらう。

 さうした企業側の事情にお構ひなく、「無條件で就職可能」と云ふ知事の方針を貫けばどうなるか。企業は要りもしない人材を抱へ込み、經營が次第次第に左前になつて行くのは間違ひない。新入社員の首をすぐに切れれば良いのだが、それは知事が許さない筈だ。さうした強制採用を毎年毎年續けてゐるうちに、やがて一流企業は一流企業でなくなり、下手をすると潰れるかも知れない。それは輝かしい「學歴」を手に喜び勇んで入社していつただらう工業高校卒業生達にとつて決して幸福な結末とは云へまい。權力で企業の自由(それは即ち個人の自由なのだが)を縛るやうな惡政は斷じて行ふべきでない。

 (附記)「私のマニフェスト」は識者に自らの政治的意見を聽く連載記事。呉智英氏が本當に知事選に出馬する譯ではないので、誤解無きやう。

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2007年1月 5日 (金)

ダメな議論

 飯田泰之『ダメな議論』(ちくま新書)では、主張の妥當性をチェックする五つの方法を擧げてゐます(79~80頁)。對象は「社會・經濟問題の原因を分析するタイプの言説」としてゐますが、廣く議論文全般に通用するものです。


【チェックポイント①定義の誤解・失敗はないか】
【チェックポイント②無内容または反證不可能な言説】
【チェックポイント③難解な理論の不安定な結論】
【チェックポイント④單純なデータ観察で否定されないか】
【チェックポイント⑤比喩と例話に支へられた主張】

 私が批判した前田嘉則さんの「庶民」云々の主張は④の「單純なデータ観察で否定されないか」に引つ掛かります。「庶民」も松原氏の講演を樂しんでゐる事は事實から明らかだからです。留守晴夫氏についての主張も④に引つ掛かります。前田さんの「プロフィール」から主張の矛盾が浮び上がるからです。「悲劇『知的怠惰を論ふことの自己欺瞞』」と題する松原正氏批判の文章は⑤の「比喩と例話に支へられた主張」に引つ掛かります。「實證的な分析もなされないまま、比喩と例話で構成された主張は、基本的に信頼できない」(『ダメな議論』 70頁)からです。

 前田さんが連載を豫定されてゐる松原正論は、最低限上記のチェックポイントをクリアする文章であるやう望みます。

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前田さんの主張のどこがをかしいか(2)

 前田さんの主張についてもう一つをかしな點を再説しておきます。留守晴夫氏は雜誌で自著『常に諸子の先頭に在り』を紹介する際、初出媒體が「月曜評論」である事を明記せず、「あるミニコミ」と書きました。それについて憤つた前田さんはかう書いてゐます。

 留守先生が當該書を出すきつかけになつた媒體が『月曜評論』である以上、それを私なら明記する。さういふ感覺を大事にしたい、さういふことです。
 私には前田さんの「感覺」はよく分りませんが、それについてはもう書いたので割愛します。あの後私は、前田さんが本當にそのやうな「感覺」を大事にされてゐるのか疑問に感じるやうになりました。實物で説明しませう。前田さんのウェブサイトのプロフィールを御覽下さい。
 著書は、「文學の救ひ――福田恆存の言説と行爲と」。論文は、「神のゐない國のハムレット――尾崎豐論」「なぜ若者はオウムに走つたのか」「心的唯言論序説」「メタファーの行方――『海邊のカフカ』論」「近代文學のアルケオロジー」「言葉の救はれ・宿命の國語」など、多數。

 前田さんの著書『文學の救ひ――福田恆存の言説と行爲と』の初出媒體は「世界日報」です。ところがここにはそれが全く明記されてゐません。前田さん自身の主張に從へば、當該書を出すきつかけになつた媒體が「世界日報」である以上、それを明記すべき筈です。しかし明記してゐない。プロフィール以外のページにも見當たりません。これでは言行不一致もいいところで、前田さんに留守氏を批判する資格があるとはとても思へません。

 勿論、前田さんは『文學の救ひ』の「後書」では初出が「世界日報」である旨を明記してゐます。しかしそれは留守氏も同じです。『常に諸子の先頭に在り』の「跋文」で初出が「月曜評論」である旨を明記し、同誌編輯長に謝辭を述べてもゐるのです(それを知りつつ、まるで留守氏が恩知らずであるかのやうに指彈する前田さんの態度は極めて教條的・非寛容に見えます)。

 さらに云へば、前田さんのプロフィールには『文學の救ひ』の出版社名も明記されてゐませんし、他の論文の掲載媒體も書いてありません。前田さんが御自分の「感覺」を本當に大事にしたいと仰るのなら、世話になつた出版社や掲載誌の名を明記するのが自然でせう。雜誌と異なり、ウェブサイトに紙幅の制限は無いのですから。

 前田さんは松原正氏を批判した文章の中で、聖書の言葉を引いてゐます。しかしこれは前田さん自身が噛締めるべき言葉に外なりません。

 なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目には梁があるのに、どうして兄弟に向つて、あなたの目からちりを取らせて下さい、と言へようか。僞善者よ、まづ自分の目から梁を取り除けるがよい。

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前田さんの主張のどこがをかしいか(1)

 前田嘉則さんの主張のどこがをかしいのか、改めて述べておきます。

 知的怠惰を問はれるのは、第一義的には知識人である。しかし、昨日來てゐた人人は市井の人人である。さういう人人に、知識人の欺瞞を言つてどうするのだらうか。漱石の研究者に對して言へば、それは決して空しいものではないだらう。現在の漱石研究の水準を私は知らないが、反論であれ賞讚であれ研究者は反應してくれるだらう。しかし、研究者でも出版社の編輯者でもない私たちに、漱石の誤讀のされやうを批難してもあまり生産的ではない。誠實に生きてゐる人人を勇氣附ける(それは「いやし」などといふ卑しい言葉ではない)言葉があつても良いではないか。「庶民よ胸を張れ」さういふ言葉こそ、保守の言葉だらう。

 そんな事云つたつて、事實として毎年數十人(!)もの「庶民」が松原氏の講演に足を運んでゐるのですから、彼ら(私を含む)に餘程倒錯した趣味でもない限り、松原氏の話を有益で面白いと感じてゐるとしか考へられません。實際、講演後の懇親會で「面白かつた」「爲になつた」と云ふ感想を前田さんもお聽きになつた筈です。まあ御世辭もあるかも知れませんが、全部が全部御世辭だと斷ずる理由もありません。松原氏不在の場で、「本音ベース」で面白いと云ふ感想も直接間接に澤山聞いた事がありますし。相當の「庶民」が面白いと感じてゐるのであれば、講演をやる意義はある筈です。前田さんは何を根據に「松原氏の話は庶民にとつてあまり生産的でない」(←正確な要約)などと斷言出來るのでせう。

 ……と先日も問ひ詰めたのでしたね。さうしたら前田さんの御囘答はかうでした。「私が庶民で、庶民の一人として書きました」。何だ、要するに單なる個人的感想ではありませんか。個人的感想は堂々と書いて下さつて結構ですが、それならどうして「さういう人人に、知識人の欺瞞を言つてどうするのだらうか」などと、庶民全員の心の内を知り盡くしたかのやうな事をお書きになるのですか。

 そんな方式が通用するのなら色々な事が云へます。例へば「そんな思想は日本人にとつて有益でない」。自分は日本人である。自分はこの思想は有益でないと思ふ。従つて日本人の大多數はかう思ふに違ひない――。「そんな思想はプロレタリアートにとつて有益でない」でも良いでせう。些細な事に拘泥するやうにお思ひでせうか。しかし己の主張を敷衍した時にグロテスクな論理的歸結を招かないかどうか、我々は常に注意深くあるべきです。たとへ問ひ詰められた末の苦し紛れで書く言ひ譯にしても。

 ついでに云へば、庶民が「誠實に生きてゐる人人」だなどと、どうして斷言出來るのでせう。そのやうなステロタイプな人間觀は文藝批評を志す方として如何なものでせうか。また、前田さんは御自身を庶民と規定していらつしやいます。すると「俺は誠實に生きてゐる」とインターネットで天下に公言した事になりますが、それは少しく羞ぢらひを缺く行動ではないでせうか。些か意地惡ですが、論理的にはさうなります。要するに、「庶民」を自らの身方に附けようとした前田さんの主張は、論理的無理が祟つて壊滅的に破綻してゐるのです。

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

謹賀新年

 その留守先生とは、九月に御會ひし、その講演會に對しての發言が、このブログでいろいろと反感を呼んだやうであるが、それもまた良い學習の機會であつた。

 不正確・不適切な表現を指摘しておきます。

 (1)「その講演會」とは誰の講演會なのでせうか。文章の流れからは「留守先生の講演會」と解釋するのが自然ですが、それでは後に續く記述と合致しません。前田さんの御發言が物議を醸したのは、留守先生の講演についてではなく、同時に行はれた松原先生の講演についてなのですから。

 (2)「このブログで」とありますが、不正確な表現です。例へば、私(木村)は前田さんを大いに批判した一人ですが、前田さんのブログに一度もコメントを投稿してゐません。すべて自分のブログに書いてゐます。

 (3)「反感を呼んだ」とは議論の相手を貶める不適切な表現です。これではまるで、前田さんを批判した人間が單に感情的な理由でさうしたかのやうな印象を讀者に與へて仕舞ひます。御正月らしく、フェアで爽やかな文章をお願ひしたいものです。

 【推敲例】
 その留守先生とは九月の講演會でお目にかかつた。同時に行はれた松原正先生の講演についてこのブログで發言したところ、いろいろと御批判を賜つたが、それもまた良い學習の機會であつた。

 ついでにもう一つ。

 昨年は、心に殘る小説といふものがなかつた。あまり小説を讀まないのであるから仕方はないが、觸手が伸びる小説を書いてほしいものである。

 新潮國語辭典に「觸手が伸びる」と云ふ表現はありませんが、「觸手を伸ばす」は「野心をいだいて徐々に行動にうつす」意味であり、引用した文章には適さない表現です。この場合、「食指が動く」とすべきです。同辭典に據ると、「食指が動く」は「食慾が起こる。あるものをほしがる心が起る」と云ふ意味で、文意にぴつたりです。

 今年も非論理的な主張に對して假借無き批判を續ける所存です。皆樣、どうぞ宜しくお願ひ致します。

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