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2006年12月20日 (水)

傳統と合理性

 マリー・ロスバードは所謂新オーストリア學派に屬するアメリカの經濟學者・哲學者であり、無政府資本主義と云ふ過激な自由主義の提唱者である。主著『自由の倫理學』の飜譯が勁草書房から出てゐるものの、日本では殆ど知られてゐない。知られればきつと「市場原理主義者」として非難されるに違ひないが、私自身は「市場原理主義」のどこが惡いのかさつぱり分からないし、眞理は往々にして極論に存するから、彼の文章を愛讀してゐる。そのロスバードがかう書いてゐる。

 しかしもし傳統の中で身動きが取れなくなつた場合、その傳統が如何なるものであれ、どうすればそれが善なのか、惡なのか、それともそのどちらでもないのかを知る事が出來るのだらうか。原理原則が無ければ、異なる傳統の善惡を判斷し決定する事は出來ない。そして原理原則を發見する爲の鍵は理性なのである。(「フランク・マイヤー論」、『自由と美徳』所收)

 例へば「部落差別は昔から續いて來たのだから日本の立派な傳統だ」と主張する人間がゐたとして、傳統主義者の一無名人氏はどう反論するのだらうか。歴史的に形成され存續して來た傳統は善である場合が多いとは云へても、常に善であるとは限らない。善惡を判斷するには理性の力、言換へれば合理的に考へる力が絶對に必要である。

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