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2006年11月14日 (火)

國語も然り

 そして國語も教育同樣、政治が關はるべき事柄ではない。標語的に云へば「國家は國語に手を出すな」。國家と政府は嚴密には別の概念だから、飽くまで語呂を重視した標語に過ぎないが。

 愚考するに、國語正常化運動の目標は唯一つ、國語への政府の介入排除である。それゆゑ、所謂國語問題とは政治問題であり、それ以上でも以下でもない。

 政治の介入を排除すれば、言語は自律的進化を遂げるものだし、事實、遂げて來た。随つて、國語問題に取組む多くの人々から非難されるかも知れないが、所謂「ら拔き言葉」は少なくも日常的な話し言葉として使はれる限り、問題は無いと私は考へる。「ら拔き言葉」は政府の介入の結果生れた表現ではないからである。

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