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2006年9月12日 (火)

「『國語問題論爭史』の出版に際して」

 國語問題協議會報「國語國字」第百八十六號に土屋道雄氏が「『國語問題論爭史』の出版に際して」と云ふ一文を寄せていらつしやいます。御一讀下さい。「國語國字」の申込みは國語問題協議會事務局まで。

 冒頭及び以前當サイトで削除した拙文に關はる部分のみ以下に轉載します。

 昨年(平成十七年)一月に玉川大學出版部から出版した増補版『國語問題論爭史』は、出版部の強い意嚮で一部削除した部分があり、この件をめぐつてあれこれ臆測がなされ、會員の間に間違つた情報が流れ誤解もあるやうなので、ここに削除した部分を明らかにしたいと思ふ。/出版を快く引受けて下さつた玉川大學出版部には深く感謝してをり、理由はともあれ、削除に應じた私にも責任があると思つてゐる。
 以下、具體的に削除した部分を〔 〕で示す。/一、「相手が非を認めてをりますのに追討をかけるのは男らしくないと申しますが……」といふ理由で、三〇六頁の三行目から、/〔ところで「私は趣味・嗜好の點ではきわめて國粹的・保守的の人間」で「日本語でも、舊字體・舊假名に愛着をもつ」と言ふ金田一は大勢順應派であり、御都合主義者であるやうだ。「見れる」「來れる」は「受け身や尊敬の言い方と區別できる點で、『來られる』『見られる』よりすぐれている」と言つたり、「緊張さ」「純情する」は「日本語の品詞の區別を不明確にするので、私もこれは排撃する」と言つたり、評判の惡い「送りがなのつけ方」について「何という矛盾だらけのきめ方だろうと思い、國語審議會第一の失敗作だと評價する」と書いたりしてゐる。確乎たる信念がないから、後に「福田恆存君を偲ぶ」(平成七年十二月號『This is 讀賣』)において「當時は福田君がいくら叫んでも假名遣いがもとに戻ったり、漢字が無制限に増えることはなさそうだと思っていた」が「戰後三十餘年たってみると、驚いた。ワープロという機械が發明され、普及し、机の上でチョコチョコと指を動かすと、活字の三千や四千は簡單に打ち出してくれる。そうした普及につれて値段も安くなり、性能もよくなった。新聞ぐらいは、机の上のワープロ一つで簡單に印刷できる。これなら當用漢字の制限はしなくてもよかったし、字體でも假名遣いでも昔のままでもよかったのだ」「偉い友人だったと思うこと切である」と書いてゐる。醜態には違ひないが、非を認めたがらぬ改革論者に比して潔いと言ふべきであらうか。〕
 文中の「金田一」とは、金田一春彦氏の事です。

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» 松原正信者木村貴論(八)「國語問題協議會評議員木村貴」 [日出づる國の一無名人のブログ]
木村貴氏に依ると國語問題協議會報「國語國字」第百八十六號に土屋道雄氏の「『國語問題論爭史』の出版に際して」と題した文章が掲載されてゐるやうである。(「『國語問題論爭史』の出版に際して」) 木村氏がブログで紹介してゐる土屋氏の文章を轉載する。 昨年(平成十七年)一月に玉川大學出版部から出版した増補版『國語問題論爭史』は、出版部の強い意嚮で一部削除した部分があり、この件をめぐつてあれこれ臆測がなされ、會員の間に間違つた情報が流れ誤解もあるやうなので、ここに削除した部分を明らかにしたいと思ふ... [続きを読む]

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