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2006年5月 3日 (水)

中村氏の武士道精神

 白波海太郎こと青方の中村氏の「面識があるのにそれを告げなかつた理由 其一」より。

 最初に結論を云ふと私は彼らに以前の知己だと云ふ事を明す積りはなかつたのであるが、それは彼らと以前と同じやうに付合ふ積りがなかつたからであり、糾彈する必要も感じてゐなかつたからである。

 「以前と同じやうに付合ふ積りがな」ければ、別名を使つても構はないと中村氏は云ふ。よしそれなら私も今囘の一件で中村氏と「以前と同じやうに付合ふ」氣持ちなんぞ消し飛んで仕舞つたから、「金鯱藤吉郎」とでも名乘つて「日出づる國の一無名人のブログ」に投稿し、「どうして別名なんぞ使つたのか一般讀者に十分説明しろ」と糺彈してみるか。事は正字正假名派の名譽に關はる問題だから捨て置けぬ。

 私は中村氏と意見を異にしたかも知れないが、卑劣な行爲を働いた覺えは一切無い。ところが中村氏は、さすが武士道精神を重んずる日本男兒らしく、意見の異なる人間に對してならどんなに卑劣な事をやらかしても平氣の平左である。それは次の一文に明らかである。

 と、ここまで書いて當時を懷かしく思ひ出し、こんな事を書いてゐる事が馬鹿馬鹿しくなつた。何故自分達に正體を明さずに質問をされたのだらうと考へないのだ。

 「何故自分達に正體を明さずに質問をされたのだらうと考へないのだ」とは恐れ入る。それなら一丁、中村宅の電話番號を調べ、聲色を使つて電話をかけ、色々聞き出してみるか。そして中村氏には何故自分にそんな愉快な電話がかかつて來るのか、篤と考へて貰ひたいものだ。

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