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2006年4月18日 (火)

孔子を笑へるか

 昨秋、「吾は點に與せん」と云ふ文章を書いた時、平成山人さんから「お若いのに、何と達觀した事を言はれるものか」と云ふコメントを頂戴した。然し「あまカラ氏の誤解」で書いた事との關聨で云へば、あそこで書いた私の意見は「達觀」どころか、青臭い議論の最たる物なのである。
 孔子は政治に參劃する事を願ひ、その願ひが叶はぬ事を嘆いた男である。孔子が開いた儒教は「修身斉家治國平天下」と云ふ言葉が示す通り、個人の領域に屬する修身斉家の存在を意識しつつも、政治の領域に屬する治國平天下をより重視した。従つて西洋的尺度からすると「宗教」とは呼べないし、孔子は政治主義者だつたと云へよう。
 しかしその孔子ですら、「晩春の好時節に、春服に輕く着替へをして、元服したばかりの二十歳ぐらゐの青年五、六人と、十五、六歳のはつらつとした童子六、七人を連れて郊外に散策し、沂の温泉に入浴し、舞雩の雨乞ひ臺で一涼みして、歌でも詠じながら歸」る事を最大の抱負と答へた曽皙に對し、「わしも點の仲間入りがしたいものだ」と萬感の思ひを込めて同意したのである。これは單なる花鳥風月趣味ではないと私は思ふ。政治に就いて眞劍に考へた孔子は、「政治以前の領域」に就いても思ひを致さざるを得なかつたのだ。
 孔子は絶對者を強烈に意識せざるを得ない西洋人ではなかつたがゆゑに、個人と政治との關係に就いて西洋人ほど深く考へる事は出來なかつた。だが西洋を知つて百年餘りを閲した我々現代日本人は、西洋を知らなかつた孔子を笑へるほど「政治以前の領域」に就いて深く考へてゐるだらうか。とてもさうは思へないのである。そして私は、究極的には政治主義に甘んずる事が出來ず、「吾は點に與せん」と語つた孔子を立派な人間だと思ふのである。

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コメント

成程、さう云ふ事でしたか。
ともあれ、「箱根の向う」に移られてから、私の御願ひした通り、貴ブログの更新頻度が上つたやうで、樂しませて貰つてゐます。益々の御健筆を祈つてゐます。

投稿: 平成山人 | 2006年4月18日 (火) 09時12分

 どうも有り難う御座います。今後とも御鞭撻の程、宜しくお願ひします。

投稿: 木村貴 | 2006年4月18日 (火) 12時52分

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