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2005年12月26日 (月)

トリビア坪内の素晴らしきムダ知識

某月某日(岡田俊之輔の頁【掲示板】)

 坪内祐三氏と云へば、「『文藝春秋』八十年傑作選」の編輯後記をわざわざ正假名で書いてゐたが、あれこそ「コス・プレ」と呼ぶに相應しい行爲である。古い文章を集めた特輯だから編輯後記も「古い」假名遣ひで書いてみました、と云ふ譯である。

 坪内氏の文章から得るものはある。文壇とか古本屋とか東京とかに關するどうでも良いトリビア情報では、現在坪内氏の右に出る者はゐない。例へば次のやうな奴。

 江藤淳や佐伯彰一をはじめとして、小林秀雄を『アクセルの城』で知られるアメリカの批評家エドマンド・ウィルソンと比較して論じる人は多い(『アクセルの城』と言えば、「様々なる意匠」の次に収められている伊藤整の「新心理主義文学」の冒頭にいきなりこの評論集の名前が登場するが、一九三一年に出たこの評論集が、翌年にすぐ、単なる研究者ではなく文学者によって言及されるその文学伝達のスピードに注目したい。しかも、それがただの紹介文ではなく、自らの文学の課題として共有されていることに)。 (『日本近代文学評論選【昭和篇】』「解説」、岩波文庫)

 上記引用中で強調した「文学伝達」は、原文では傍點が打つてある。坪内氏の文章にはこの手の思はせ振りなばかりで意味の乏しい傍點が矢鱈と出て來て辟易するのだが、それ以上に恐れ入るのは、西洋人の文學的課題を日本人が「自らの文学の課題として」いとも簡單に「共有」出來ると信じたり、新幹線の速さに興奮する子供よろしく文學的話題の「伝達」の「スピード」を重要なものとして「注目」したりする、そのお目出度さ加減である。西洋人の文學的課題を簡單に理解出來る日本人が偉いのなら、理解出來ない事を氣に病んで精神衰弱にまでなつた夏目漱石は最低の文學者であらう。又、私が「日本は世界有數の文化國家です。それは日本の『文学伝達』のスピードが世界有數だからです」と眞顏で話したら、坪内氏はきつと居酒屋の上座から握手をして呉れるに違ひない。

 繰り返さう。坪内氏の文章から得るものはある。しかし感動を得たいとか人間について深く考へたいとか思ふのなら、他の人の本を讀む方が良い。

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