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2005年11月 1日 (火)

政治と私的自由

 サミュエル・ジョンソンは「これまで人間が考案したもので、およそ整つた居酒屋や旅館ほどに無限の幸福を生み出す設備はない」と言つた。それから百七十年後、同じイギリス人のジョージ・オーウェルも居酒屋への愛着を込めてかう書いた。

 「水月」では、れつきとした食事こそできなくても、スナック・カウンターがいつも開いてゐるから、ここでレバ・ソーセージのサンドイッチとか、この店の名物の貽貝、チーズ、ピクルス、それに、これはパブにしかなささうな茴香の種が入つてゐる大きなビスケットなどを買へばいい。[中略]酒器にもうるさく、かりにも一パイントのビールを柄がついてゐないグラスで出すやうな愚は、決して犯さない。ガラスと白目のマグのほかにも、この店ではいまのロンドンではめつたに見られないストロベリー・ピンクの陶のマグを置いてゐる。[中略]いちばん意表をつくのは庭である。紳士用のサルーン・バーから狹い通路を抜けていくと、鈴掛の木が何本か植わつてゐるかなり廣い庭があつて、木陰に緑色の小さなテーブルが置いてあり、そのまはりに鐵の椅子が竝んでゐるのだ。庭の上手には子供用のブランコがいくつか、それに滑り臺もひとつある。(「パブ『水月』」小野寺健譯)

 オーウェルが描く理想の居酒屋「水月」は實は架空の存在であるが、ほぼそれに近い店もロンドンに「二、三軒はある」と云ふ。ジョンソンもオーウェルも私的自由のもたらす幸福について静かに語り、決して聲高に「國益」だの「改革」だのと叫びはしない。かといつて、政治に無關心なわけでは決してない。「政治上の自由は、それが私的な自由を生み出す限りでのみ貴重」であるに過ぎない事を承知してゐるのだ。

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