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2005年10月 2日 (日)

ローマが燃えるのを見ながら

 御陰樣で松原先生の講演會を無事に終へる事が出來ました。皆樣有り難う御座いました。本日のお話の關聨情報。

 [週刊朝日は]間缺的に横紙破りの蠻勇を揮ふのもよいが、「輕薄短小」となつた朝日ジャーナルを横目に見つつ、もつと巧妙な手口で保革を問はぬ知的・道義的怠惰を剔抉して貰へまいか。[中略]オーウェルはヘンリー・ミラーを評して、「ローマが燃えてゐる時も、焔を直視しつつヴァイオリンを彈く」と言つた。週刊朝日がまさか、『諸君!』の尻押しは出來まいが、ニクラスだの新一萬圓札だのといふ無難な話題を提供するだけでなく、せめてもの事、焔を直視しながらヴァイオリンを彈いて貰ひたいと思ふ。(松原正「週刊朝日の糞度胸」、地球社『續・暖簾に腕押し』所收)

 そのオーウェルのミラー評を含む文章は次の通り。
 彼[ミラー]は「革命的」作家たちの大多數よりもはるかにしつかりと西洋文明のやがて來たるべき沒落を信じてゐると私は思ふ。ただ彼はそれについて何かする義務を感じないだけだ。彼は、ローマが燃えてゐる時にヴァイオリンをひいてゐるのだ。しかしこんなことをする連中の多くと違つて、自分の顔を炎に向けてひいてゐるのである。(ジョージ・オーウェル「鯨の腹のなかで」、鶴見俊輔譯、平凡社『オーウェル評論集3』所收)

 オーウェルによれば、西洋にも焔を直視せずにヴァイオリンばかり彈いてゐる手合ひは少くないらしいのですが、日本に「焔を直視しながらヴァイオリンを彈」く、すなはち、公と私の二元論を理解して物を書く知識人が殆ど存在しない事は確かです。

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コメント

今年は所用があり、東京への参加は適いませんでした。失礼致しました。

というか、今年の四次会もやはり、ハノイ・ヒルトン・カラオケ大会だったのでしょうか(^^;。

投稿: 岡崎「としあき」 | 2005年10月 2日 (日) 21時09分

 三次會、四次會とも健全そのものの居酒屋シリーズとなりました。二次會の段階でかなり腹一杯となりラーメン屋には足が向はず。何とか終電で歸りました。
 お目にかかれず殘念でした。次囘は是非。

投稿: 木村貴 | 2005年10月 2日 (日) 21時34分

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