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2005年4月 3日 (日)

弱者とは何か

 昨晩、NHKで所得格差をテーマにした討論會をやつてゐた。ジャーナリストの斉藤貴男が「日本には社會的ヒエラルヒーがあつて、下層の人達は中小企業にしか入れない」と憤ると、ライブドア社長の堀江貴文から「中小企業がなぜ惡いのか」とすかさず突つ込まれ、返答に窮してゐた。

 斉藤貴男は、自分の事を「他者」への思ひやりのある人間だと信じてゐるのだらう。實際、正義感の強い男なのだらう。だがさう云ふ人間は、往々にして、無意識の裡に「他者」を見下してゐるものだ。大企業こそ望ましく、中小企業なんぞ働くに價しないと云ふ圖式を前提としない限り、斉藤の論は成り立たない。そもそも、大企業も中小企業も固定的な身分制度ではない。ソニーもホンダも昔は中小企業だつたのだし、大企業も潰れるのである。

 討論會には一般視聽者も參加してゐたが、その中で、五十歳くらゐの勞組の男が、斉藤貴男と同じやうに「弱者に目を向けろ」と云ふやうな事を盛んに發言してゐた。それならば提案がある。勞組を解散して團體賃金交渉を止め、會社側が賃金を柔軟に引き下げられるやうにせよ。さうすれば、安い賃金でも喜んで働く若年失業者や外國人勞働者といつた弱者の就業機會が大きく廣がる。勞組は元々は弱者の集まりだつたかもしれないが、組織に入れない者から見れば強者なのである。

 たまに彼ら[左翼の諸政黨]は、イギリスの勞働者がアジアやアフリカの收奪からある程度利益を受けたことは認めたが、しかしつねに、われわれは收奪をやめてもなんとか繁榮を維持できるといふふうに思はせた。事實、多くの勞働者は自分たちが搾取されてゐると聞かされて社會主義に走つたのだが、しかし世界的立場から見れば、彼らこそ搾取者だつたのである。(ジョージ・オーウェル「作家とリヴァイアサン」、小野協一譯)

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