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2004年8月30日 (月)

マイケル・ムーア・スーパースター

 地下鐵で、雜誌「アエラ」九月六日號の中吊廣告が目に止まる。例の駄洒落惹句に曰く、「話題作だから込ムーァ。」 馬鹿か。マイケル・ムーアとその監督映畫「華氏911」の特輯をやるらしい。見出しに「小泉とブッシュの共通點」云々とあるから、反ブッシュ主義者ムーアを禮讚する内容である事は中身を讀む迄もなく分かる。

 アメリカは日本と政治的經濟的にこれほど關係の深い國であるにもかかはらず、日本に紹介されるアメリカの知識人は非常に偏つてゐる。新刊書店の棚を覗いてみるがよい、飜訳本の著者は、十中八九、反米反ブッシュ派である。ノーム・チョムスキー、エドワード・サイード、スーザン・ソンタグ、そしてこのマイケル・ムーア。たまに親米親ブッシュ派の本が出ると、ローレンス・カプランとウィリアム・クリストルの「ネオコンの眞實――イラク戰爭から世界制覇へ」(原題「イラクを巡る戰爭――サダムの暴政とアメリカの使命」)、フランス人だがジャンフランソワ・ルヴェルの「インチキな反米主義者、マヌケな親米主義者」(同「反米病」)のやうに原題とは似ても似つかぬ反米的な題名に改竄されて仕舞ふ。異樣である。

 さてマイケル・ムーアはドキュメンタリー映畫監督としてアカデミーやカンヌ映畫祭で高く評價され、それによる名聲をアエラなど日本の左派メディアはブッシュ・小泉政權攻撃の材料として最大限に利用しようとしてゐるのだが、ムーアは本當にそれほど立派なジャーナリストなのか。著作家としてのムーアの代表作「アホでマヌケなアメリカ白人」(柏書房)に次のやうな箇所がある。

 日曜日の朝のこと、俺はコラムニストで右翼雜誌の編輯者でもあるフレッド・バーンズが、アメリカの教育事情に關する泣き言を埀れ流してゐるのを聞いてゐた。教育の質がこれほど落ちたのは、教師とその組合のせゐだといふ。 「今の子供たちは、『イリアス』や『オデュッセイア』すら知らんのです!」と彼は吼えた。他のパネリストたちは、フレッドの高尚な嘆きに感じ入つてゐる。  翌朝、俺はフレッド・バーンズのワシントンのオフィスを訪ねた。「フレッド」と俺は言つた、「教へてくれよ。『イリアス』と『オデュッセイア』てのは何なんだ?」  彼は何やらごによごによ言ひ始めた。「あー、それはだな……その……何だ……ほれ……ええい、ああさうさ。お前の勝ちだ――俺ァそんなの、何も知らねえよ。うれしいか、ああ?」  いや、ちつともうれしくなんてないよ。君はアメリカを代表するTVコメンテイターぢやないか。

 これが眞實ならバーンズは大耻である。ところが、デヴィッド・ハーディとジェイソン・クラークの近著「マイケル・ムーアはデブでマヌケな白人」(ハーパーコリンズ社)によると、事實はかうだつたと云ふ。

 「ニュー・リパブリック」誌のアラン・ウルフが眞僞を問ひたださうとすると、バーンズは「あり得ない」と答へ、かう説明を續けた。「第一に、私はマイケル・ムーアと話したことが無い。第二に、私は『イリアス』と『オデュッセイア』を讀んだことがある。大學に入るまでは讀んだことがなかつたが、確かに讀んだ」

 バーンズは古典教育を重んずるヴァージニア大とハーバード大で學んだインテリであり、ホメロスの作品を知らないと考へる方が不自然である。要するに、ムーアの記述はでつち上げだつた可能性が濃い。また、ハーディとジェイソンの著書では、ムーアが映畫「ボウリング・フォー・コロンバイン」で全米ライフル協會會長の俳優チャールトン・ヘストンの發言を都合良く編輯して使用した手口が事細かに暴かれてゐる。これでもムーアは賞讚さるべきジャーナリストと云へるであらうか。

 「マイケル・ムーアがよくわかる本」(寶島社)収録のインタヴューで、デーヴ・スペクターがムーアをかう批判してゐる。

 『華氏911』では現役の議員たちに、子供たちをイラクへ行かせないのかと聞いて囘るシーンがありましたけど、アメリカは今、志願制ですからそれを言つてもねえ。で、貧困層の人たちが入隊するとムーアは思つてるらしいけど、そればつかりぢやない。各家庭で代々傳統的に行く人もゐるし、最高の技術を身につけるために志願する人もゐるし、エリートコースの人もゐる。彼はわざと反體制みたいに見せかけてゐるんですよね。だからプロパガンダだと言はれちやう。

 政治的な敵を貶める爲ならば如何なる嘘や誤魔化しでも正當化されると云ふ信念の持主、それはジャーナリストではなくプロパガンディストである。全うなジャーナリズムならば、ムーアを嚴しく批判すべきであつて、稱揚するなどとんでもない。アエラよ、耻を知れ。

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2004年8月29日 (日)

中島義道、裸で歩け

「新潮45」九月號の連載「罵事討風」で小谷野敦が中島義道と福田和也に嚙み附いてゐる。

 この形式での連載も今回が最後になるようだ。そこで出血大サービス、いつも私の隣で書いている中島義道先生を批判しよう。八月号「明狂死酔」で中島は、世間の人は本当のことを言わない、と言い、あたかも自分は本当のことを言っているかのように喧伝している。だが、中島の言っていることなどというのは、せいぜい苦笑を誘う程度のものでしかない。しかも、福田和也さんのゼミで話をした、と書いている。福田に対して、右翼だか左翼だか分からない二股膏薬のインチキ野郎、などとは決して言わないのだ。「大衆評論家」の加藤諦三は批判しても、いま現在論壇の覇権を握っている人には決して攻撃を加えない。イラク人質三人組に関しても、朝日新聞的な意見を言っていただけである。こんな姑息な処世術を駆使しながら、「ぐれる」なんて、ちゃんちゃらおかしい。
 「右翼だか左翼だか分からない二股膏薬のインチキ野郎」の仲間には、宮崎哲彌や坪内祐三も入れるべきだと思ふ。さて小谷野が批判した中島の八月號の文章を引張り出して讀んでみると、確かに非道い。こんな件りもあつた。
 それにしてもおもしろいのは、テレビ出演者は、これほど性的ゴシップが好きなのに、誰も彼もが「まじめな」インタヴューでは、慎重に性的発言を避けることである。オリンピックで金メダルを取ったりノーベル賞授賞式から帰国した英雄たちに「お疲れでしょうが、いま何をしたいですか?」という質問が必ず出るが、誰も「無性にセックスしたいです」とは答えない。いまは、スピーカー轟音を撒き散らす参議院選挙運動の真っただ中であるが、本日のテレビ特別番組で、司会者が各党幹事長に独自の健康法を聞いていた。出てきた回答は「よく寝ること」「晩酌すること」など。「セックスすること」という回答はなかった。興味深いのは、もしそう答えると、みんな(たぶん)あっと驚くことである(私はセックスが大好きなわけではありません、これ「本当のこと」です、念のため)。
 たしかに「苦笑」するしかない。中島に進言する。どうして人間は風呂の中で裸になつて體を伸ばすのが好きなのに、往來では誰も彼もが服を着て歩くのだらうか。中島はきつと疑問に思つてゐるに相違ない。構はないから裸で歩け。

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2004年8月26日 (木)

東京講演會

お知らせ。どうぞ御參加ください。

松原正東京講演會

【日時】平成16年10月2日(土)午後1時30分受附開始、2時開演
【會場】早稻田奉仕園「日本キリスト教會館」6階會議室  東京都新宿區西早稻田二丁目3-1  電話(03)3205-5411
【交通】山手線、西武新宿線、地下鐵東西線「高田馬場」驛より早大正門前行バス「西早稻田」下車徒歩2分。又は東西線「早稻田」驛下車徒歩5分。 地圖=http://www.hoshien.or.jp/map.html
【參加費】2000圓(講演會終了後の午後5時から、同じ敷地内の小ホールで懇親會を2時間程度行ひます。輕食附、要別途3000圓)。
※事前豫約は不要です。講演會・懇親會どちらか一方のみの參加も可。
【主催】松原正先生を圍む會(問合せ先 木村貴 kimura39@nifty.com)

(8月27日、より詳しい内容に修正)

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言論と現實の意圖的混同

 ここでもオーウェルの惡用。

 二〇〇三年三月五日のNBCのニュース番組『ブキャナン&プレス』で、最近身柄を拘束された「アルカイダのナンバー3」とされるカリド・シャク・モハメドの冩眞がテレビ畫面に映された――なにやら寝卷きといつた感じの囚人服をだらしなく着た、口ひげを生やした人相の惡い男で、からうじてそれとわかる打撲傷の跡のやうなものがあつた(彼がすでに拷問を受けたことのしるしだらうか)。パット・ブキャナンが早口で、「今後のアメリカ合衆國へのテロリストの攻撃にまつはるすべての關係者の名前ならびに詳細にわたるプランのすべてを知つてゐるこの男に、かうしたすべての情報を引き出すために拷問を加へても、いいかな?」と尋ねたとき、おそろしいことに、その冩眞における詳細のことごとくが、すでにその答へを暗示してゐた。他のコメンテーターたちの應答ならびに視聴者からの電話が壓倒的に「いいとも!」だつたことに何の不思議もない――(中略)じつさいこれはジョージ・オーウェルが、『一九八四年』での「憎惡のセッション」――そこでは市民は叛逆者たちの冩眞を見せられ、彼らにブーイングと惡口を浴びせかける――なる彼の予豫(vision)において想像してゐたものが、かなり近いかたちで實現されたのではないか。(スラヴォイ・ジジェク『イラク』、松本潤一郎他譯)

 ある國でテレビのコメンテーターや視聴者が拷問に賛同したからと云つて、その國で拷問が合法的に認められてゐるとは限らない。サダム・フセインのイラクでは拷問は合法的な行爲だつたが、アメリカでは違ふ。アブグレイブ刑務所で米兵はイラク人捕虜を虐待したが、その行爲は違法として裁かれたのである。ジジェクは言論上の意見と現實の制度を意圖的に混同して書いてゐる。オーウェルが讀んだら、これこそ「戰爭は平和である」の類ひの倒錯した言論であると批判するに違ひない。

 もつとも、ジジェクは同種の拷問肯定論について、「今日、このやうな見解を表明することが、そもそも可能ですらあるといふこと、これは眞の破局である」と迄書いてゐるから、實際、自分が怪しからぬと思ふ言論は封殺せよと云ふ考へ方の持ち主であるやうだ。拷問が許容されるか絶對にされないか、されるとすれば如何なる場合にどこまで許容され得るかと云ふ問題は、公の場で眞劍に議論されねばならぬ。

 しばらく前の朝日新聞の書評欄で、高橋源一郎が上のブキャナンの發言部分を紹介し、『イラク』を褒めちぎつてゐた。馬鹿に付ける薬はない。

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2004年8月23日 (月)

「管理社會の危機」を煽るな

日本は「情報管理社会」と言ひ募る人間が少なくないが、本當なのか。例へば斎藤貴男の著書の紹介文。

定期券、貯金通帳から病院のカルテまで、最先端技術をもってすれば一元管理など実に容易なのだ。いま甦る国民総背番号制度の悪夢Amazon.co.jp: 本: プライバシー・クライシス

かうした見方を、例へばノーマン・ポドレッツは強く批判したと云ふ。

 アメリカの新保守派の論客であるノーマン・ポドレッツも、『一九八四年』が共産主義の警告としてではなく、アメリカなどの自由世界の近い将来の姿として捉へる向きが強いのに呆れてゐる。そして、ある大學教授が、「この本を読んで、『自由世界』とソ連の独裁制の間には差異があると、考へるひとは『一九八四年』の悪夢を真に理解できないだらう」と述べたのに対して、ノーマン・ポドレッツはかういふ主張こそが、「オーウェル的オーウェル観である」と批判してゐた。(城島了『オーウェル讃歌』 自由社)
ポドレッツの云ふ通りである。

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2004年8月16日 (月)

「英語=日本語」説

bat[バッツ]=伐 [バツ] (うつ・たたく・きる) 伐という漢字は、討伐ということばで知っているでしょう?伐は、うつ・打つ・たたく・叩く・きる・切るという意味なのです。英語のbat(野球のバット)やスポーツのバトルロイアルやテレビ映画でもよく知られたコンバット(戦闘)などのbatは、まったく同じ発音、同じ意味ですね。このように似ている英語と漢字は、無数に有るんですが、正しく比べないと、大変な目にあいます。私が、何百も、きちんと比較し解明してあります。kanntann

かつて金田一春彦が「日本語=韓國語」なる珍説を批判する爲、「boy=坊や」その他の豐富な“實例”を擧げて「英語=日本語」説を展開してみせた事を思ひ出す。その種の冗談を大眞面目に信じてゐる輩がゐたとは。日本は廣い。自説を本氣で批判した人間には「100万円の懸賞」を呉れるとあるが、實際に批判した人は100萬圓どころか、別口の馬鹿に絡まれて「大変な目」に遭つて仕舞つたやうだ。トンデモも馬鹿も、死んでも直らない。

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2004年8月11日 (水)

言論三題

 まづ國語問題協議會の設立事情。

 国語問題では超低能な役所たる文部省や、無能な文部官僚とずいぶんけんかをした。日本以外の国々がそれぞれの国語を非常に尊重しているのに比較し、日本では国語をメチャクチャにした上、さらに機会あるごとに破壊しようとしているからだ。その元凶が文部省である。あの新かなづかいと、漢字制限、それと通産省の所管であるメートル法、あんなものを実施しなければ世の中はこんなに乱れなかっただろう。ああいうものを国民に強制し、文部省と結託して、いたいけな小学生に教え込むから世の中は混乱する。国語はやさしくすることより大切にすることが先決問題なんだ。[中略] 国語問題では、国語審議会をけん制する意味で、ぼくのポケットマネーを出して寄付金を集め、国語問題協議会を作り、大いに戦ったものだ。(小汀利得『ぼくは憎まれっ子』 日本経済新聞社、昭和四十六年初版)

 小汀利得は日經の社長を退いた後、細川隆元とテレビの「時事放談」を始めた事でも知られる。次の文章に登場する時事通信社初代社長の長谷川才次とも親しかつたやうである。

 「月曜評論」の創刊事情。

 長谷川才次氏にお目にかかったのは、何度もあったであろうが、当時私が関係していた『言論人』の値上げについて、時事通信社にお願いに参上したときのことである。『言論人』の事務局U氏は、内外情勢調査会でまとめて購読していただいているこのミニコミ紙の値上げのために、長谷川氏にお目にかかるべきであつた。しかし、どういうわけか、言を左右にしてなかなか会いに行かない。[中略] その事務局長のU氏が、われわれの知らない銀行口座をS銀行にこしらえていることが偶然にわかった。[中略] こうして『言論人』のゴタゴタが始まったわけである。[中略] 私はどうしたらよいかを、『言論人』の最大の購読者である長谷川氏に会って聞いたのであった。長谷川さんは、このようなトラブルにかかわり合っていることは時間の浪費であること、皆がそう言うのなら、桶谷さん、あなたがおやりなさい、ということになって、時事通信社の一隅にアレヨアレヨと言う間に事務所が出来てしまった。[中略] 全く自信のないままに私は、年末に近いころ、時事通信社の階段下の事務所で仕事を始めたのが『月曜評論』の誕生なのである。昭和四十五年十二月のことであった。(桶谷繁雄「『言論人』値上げ交渉のことなど」『長谷川才次』収載。善本社製作、昭和五十四年・非賣品)

 國際政治ジャーナリストの長谷川才次は、ベトナム戰爭當時、アメリカ支持を主張した數少ない言論人の一人であつたが、後に過激な勞組から攻撃され社長を追はれた。その煽りで月曜評論も一時「つぶれかかった」。

 最後に、先日届いた「国民新聞」七・八月夏季合併號廣告より。今年の猛暑はミニコミ紙には格別に應へてゐるやうである。

 売りたし! 「国民新聞」発行権
 長期不況の影響なのか有料購読者の激減、購読料の不払ひ、遅延、未納が増え、更に地方支局の閉鎖などが相次ぎ広告収入も減り、小社の新聞発行業務は困窮を極めてゐます。又、小紙は編集方針として「道義国家・日本の建設」を目指し、民族主義的な色彩を前面に打出してゐますが、かういつた論調は容易に一般に受入れられないこともあつてか、発行部数は一向に伸びません。/中国の覇権主義を前に今後、国防問題を始め教育・マスコミなど重要問題も山積してゐます。この時期こそ健筆を奮はねばと考へてをりますのに、本紙を休・廃刊することは所謂敵前逃亡となつてしまひます。/つきましては創刊者、徳富蘇峰翁の理念である「文章報国」を受け継いで戴ける方がをられましたならば、是非、小紙の発行をお願ひ致したく存じます。詳細についてのお問合せは山田惠久代表まで。

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