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2004年6月14日 (月)

先づ彼我の差を知れ

闇黒日記
より。

 かつて小林を読みはじめたころ、私が最初につよいこだわりを感じたのは次の点についてであった。すなわち、彼は、近世初頭においてデカルトが提出した〈ボン・サンスbon sens〉を、あえて〈常識〉と訳していることである。つまり、〈良識=理性〉とのいわゆる学問的区別よりも、常識の意味の拡がりと意味の厚味を重視していたのである。私も初めは、デカルト自身が「〈ボン・サンス〉あるいは〈レゾンraison〉」(理性)と言っていることや、「われ考える、ゆえにわれあり」"Cogito, ergo sum"というかたちで完全に推論式化していることから、この小林のとらえ方にはつよい抵抗を感じた。それに、デカルトの思想は「大陸の合理論であり、F・ベーコンたちは「イギリス経験論」の立場にあるものとしてにあるものとして、やはり一応は、区別しておくべきだろうと、思っていた。ところが、この「大陸の合理論」と「イギリス経験論」という分け方は決して不動なものではないこと、両者はともに近世ヨーロッパの合理主義理論の二形態であり、いわば「同根」のものであることが私にもはっきりしてきた。とすれば、いわゆる学問的な「大陸の合理論」と「イギリス経験論」という区別は大した意味を持たなくなる。むしろ、両者の区別は、あまりにも西洋の近世哲学史的(大学教育的)であった。それは、あくまで時代思想の遠近法のなかで成り立つ、一種の約束事であり、〈制度的なもの)であったのである。[中村雄二郎「〈鏡〉としての小林秀雄――その「コモン・センス」観を中心に」(新潮平成十三年四月號増刊「小林秀雄 百年のヒント」所收)]

 西洋人になつたやうなつもりで「大陸の合理論」と「イギリス經驗論」の相違を喋々と論ずる以前に、西洋と日本の文化を隔てる深淵に眼を向けるべきだと云ふ事を、小林秀雄は知つてゐた。西洋思想を「正統の哲學」と「惡魔の思想」に二分する中川八洋流の見取圖は、それなりの參考にはなり、私も世話になつたのであるが、彼我の文化の差を認識するにはやはり不適當である。

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