大岡信の淺薄なる詩
日本ペンクラブ編『それでも私は戰爭に反對します』(平凡社)に、大岡信が詩を載せてゐる。「前もつて知ることはできぬ『戰爭はすべてを手遅れにする』」と云ふ題名だけで内容は想像がつくだらうから、詳しく紹介はしない。但し、正假名で書かれてゐる點と、次の部分が氣になつた。
「人間は 結果の皆目
わからぬことをも
正義の旗さへはためけば
欣然として 計算無視
とびこんで死にも到りうる 愚かな生き物です」
その生き物の一人である
小さな顎の大學教授が論じる、
淺薄怜悧なカウボーイなまりで。
全くの想像だが、この「大學教授」はひよつとすると松原正氏がモデルではなからうか。「人間は結果の皆目わからぬことをも、正義の旗さへはためけば、欣然として計算無視、とびこんで死にも到りうる」とは、恰も松原氏の著作から持つてきたやうな主張ではないか。疑ひ出すと、正假名で書いたのは松原氏への當て擦りではないか、さう云へば松原氏の「顎」も――などと、いらぬ事まで氣になつてくる。
尤も、松原氏が戰爭について論ずる時、決して人間の「愚かな」側面だけを強調して終はりにはしない。戰爭は人間の愚かな側面と同時に、正義を氣にせずにはゐられない道徳的側面をも照らし出すからである。一面しか見ようとしない大岡の「詩」は、所詮政治的アジテーションに過ぎぬ。
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