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2004年4月28日 (水)

松原正名言集 戰爭は無くならない

 未來永劫人間は決して戰爭を止めはしない。なぜなら、戰爭がやれなくなれば、その時人間は人間でなくなる筈だからである。では、人間をして人間たらしめてゐるものとは何か。「正義とは何か」と常に問はざるをえぬといふ事、そして、おのれが正義と信ずるものの爲に損得を忘れて不正義と戰ひたがるといふ事である。即ち、動物は繩張を守るために戰ふに過ぎないが、人間は自國を守るために戰ふと同時に、その戰ひが正義の戰ひであるかどうかを常に氣にせずにはゐられない。これこそ動物と人間との決定的な相違點なのである。(『戰爭は無くならない』 地球社 14頁)

 シェイクスピアの戯曲『あらし』は、暴風雨に襲はれ沈沒寸前の船上の場面から始まる。仕事の邪魔だからと云つてもなかなか船室に降りようとしない老顧問官ゴンザーローを、水夫長はかうどやしつける。

 あなた樣は顧問官だ――一つ、命令一下この浪風を鎭め、忽ち凪にして貰ひませうか、さうすれば、私らはもう一生帆綱に手は出しますまい。さ、御威光を見せて頂きませう……それが出來ないなら、よくぞけふまで生き延びて來られたものと神樣にお禮を申述べて、一先づ船室に引き退がつて、今はの覺悟をして置いて貰ふんですな(後略)。(福田恆存譯)

 無論、たとへナポリ王國の顧問官とて、「命令一下この浪風を鎭め、忽ち凪に」出來る道理は無く、ゴンザーローはすごすごと引き退がる。水夫長がゴンザーローをかくの如く罵り、それを聽いたゴンザーローが默つて退散するのは、二人の登場人物が、すなはち、作者たるシェイクスピアが、神ならぬ人間に自然を意の儘に操る事など絶對不可能であると云ふ、餘りにも當然の事を知つてゐるからに外ならない。

 しかるに現代の日本國では、信じ難い事に、「命令一下、浪風を鎭め」るのと同樣の奇蹟を起こせるかのやうに振舞ふ國會議員が多數を占め、國民もそれを怪しまない。森總理の「神の國」發言騷動の蔭に隱れて餘り話題にならなかつたが、去る衆議院總選擧の直前、聯立與黨は「戰爭訣別宣言」なるものを提案し、衆院本會議において與黨のみで可決した。野黨は決議に反對したけれども、宣言の内容に反對した譯ではなく、「神の國」發言による失點を與黨が挽囘すると困るから抵抗したに過ぎない。

 自由黨の西村眞悟代議士は、選擧終了後に「世論」誌に寄せた文章で、「病氣訣別宣言をすれば、病氣が消えて無くなり醫者も病院も不要になるのか。子供でもこのやうな決議を信じない」と批判し、選擧戰中にも同樣の批判をしたさうだが、西村氏によると、「戰爭訣別宣言」のかかる幼稚と僞善とを指摘した候補者は同氏以外には皆無だつたと云ふ。「神の國」發言を躍起になつて非難した知識人もメディアも有權者も「戰爭訣別宣言」は全然批判しなかつた。恐るべき事である。

 また、「文藝春秋」十月號の「新聞エンマ帖」からの孫引きだが、「東京新聞」は八月十五日付朝刊社説で以下のやうな「トンデモ」ない提案を行つたと云ふ。

 「日本は2045年までは、いかなる戰爭にも參加しない」。このことを内外に誓ひ、實行することです。1945年の敗戰から百年です。既に五十五年やつてこれたのですから、あと四十五年、私たちの努力しだいで達成できないことはありません。

 戰爭をやらずに「既に五十五年やつてこれた」のは、冷戰が續くと云ふ幸運に惠まれたからに過ぎない。そもそも、日本人は戰爭に「參加」しない爲に此れ迄どんな「努力」をしたと云ふのか。「『參加』つて何だ。戰爭をオリンピックか何かと間違へてゐるのではないだらうか」と「エンマ帖」子は呆れ果ててゐるが、確かに、平和惚けの極樂蜻蛉も此處まで來るともはや笑ふしかない。

 松原氏が斷言する通り、「未來永劫人間は決して戰爭を止めはしない」。人間は動物と同じく「繩張」を守らうとする本能があるばかりでなく、厄介な事に、動物と異なり正邪善惡を氣に懸けずにゐられない存在だからである。正義を氣に懸けると云ふ特性を捨去れば、戰爭は無くなるであらう。だが地球上から嵐を消し去る事が不可能なのと同樣、人間は斷じてその特性を捨て去る事は出來ない。「吾々は父親を殺し母親を犯して平然としてはゐられまい」。

 それでも「平和主義者」が人間に正邪善惡の觀念を捨てさせたければ、スタンリー・キューブリックが映畫『時計仕掛けのオレンヂ』で描いた如く、人間全員の腦に電氣的手術でも施すしかあるまい。だがその時、人間は人間で無くなるのである。(平成12年9月15日)

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