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2004年4月30日 (金)

なぜ書くか、「古い」表記で

御挨拶 00/06/04

スイッピーの皆さん、はじめまして。Uさんから御紹介をいただきました木村です。「それでは、自己紹介をどうぞ」と言はれてから、隨分日にちが経つて仕舞ひました。申し譯ありません。

Uさんが書いてくださつたやうに、私は私的な文章を書く時には、ご覽のやうな 表記方法をポリシーにしてゐます。隨分變はつた奴がゐるとお思ひでせうが、この書き方で書けるワープロ辭書だつてありまして、「同志」は意外に多いんです。數年前に亡くなつた評論家の福田恆存さん、そのお弟子で、元早稻田大學教授の松原正先生、このお二方の著作を讀んだ事が、私がこの表記で文章を書くきつかけになりました。風流な話は全然駄目な野暮な男ですが、どうぞ宜しくお願ひいたします。

Re: Re: 御挨拶 00/06/07

Uさん、皆さん、こんにちは。チューリッヒの木村貴です。

木村さんが書いていらっしゃる旧文字・旧字体は普通の辞書では書けない、もしくは難しいと思いますが、どのようなワープロ辞書をお持ちでしょう?

私は無料でダウンロード出來る「北極三號」を使つてゐます。 http://ling.bun.kyoto-u.ac.jp/Home/Thaejoon/npiii.html

漢字の舊字體(正字)はだいたい出るのですが、文字コードの制約上、どうしても出ない字もあります。森鴎外の「鴎」はその一つです。

もっともその辞書を私が持っても、読めない旧字ばかり、それにどの旧字を使ったら良いのかさえ分からなくて、困ってしまうでしょうけれども。(失礼)

正字と略字とで形が大きく異なる字は、意外に少ないですよ。難しいのは「晝(昼)」「畫(画)」「盡(尽)」「體(体)」「禮(礼)」「舊(旧)」あたりでせうか。邊(辺)の字は「渡邊さん」、澤(沢)は「植澤さん」といつた人の名字で よく見掛けます。讀(読)と賣(売)とは「讀賣新聞」でおなじみですね。ごく少數の文字さへ覺えてしまへば、あとは簡單です。メールの文にルビが打てれば、もう少し讀んでいただき易くなるのですけれども。

なぜ書くか、「古い」表記で 00/06/16

こんにちは、木村貴です。TZさん、S子さん、Uさん、御返事が遅くなり御免なさい。

私自身、正字正假名(いはゆる舊字舊假名)で本格的に書き始めてからまだ一年足らずでして、皆さんにお教へするほどの知識は無いのですが、出來る範圍で御説明してみます。

私が正字正假名で書くのは、それが日本語の表記方法としてより合理的だと信ずるからです。せめて私的な場では自分の理想を追求してみたいと思つてゐます。メリットは?といふお尋ねですが、まあ、所詮は自己滿足ですから、目に見える特典はありません。あつたら下さい。(笑)

正字正假名を普及させる運動は、殘念ながらあまり盛り上がつてゐません。ネット上の試みについては、例へば高崎一郎さんといふ方が個人で作成されてゐる次のサイトをご覽ください。

http://member.nifty.ne.jp/gimon/gimon.htm

また、新進作家の若合春侑さんは、今時珍しい正字正假名派です。

http://www01.u-page.so-net.ne.jp/kb3/suw/index.html

さて、なぜ正字正假名が合理的か。假名遣と漢字とに分けて具體例で御説明します。まづ、假名遣ですが、例へば動詞「言ふ」は正假名遣(歴史的假名遣)では 次のやうに活用します。

  • 未然形 言は(ない)/言は(う)
  • 連用形 言ひ(ます)
  • 終止形 言ふ
  • 連體形 言ふ(時)
  • 假定形 言へ(ば)
  • 命令形 言へ

上から規則正しく「は、ひ、ふ、へ」と竝んでゐますね。實に整然として美しいものです。五十音圖のハ行(は、ひ、ふ、へ、ほ)の上から四段を使ふので、「ハ行四段活用」と呼ばれます。

ところが、新假名遣(現代假名遣)では次のやうになります。

  • 未然形 言わ(ない)/言お(う)
  • 連用形 言い(ます)
  • 終止形 言う
  • 連體形 言う(時)
  • 假定形 言え(ば)
  • 命令形 言え

すぐ氣づくのは、未然形が「言わ」と「言お」とに分裂してしまつた事ですね。不規則になつたのはこれだけではありません。上から「わ、い、う、え」と竝んでゐます。これも不規則だとお氣づきになりましたか? 國語辭典をお持ちでしたら、五十音圖を確かめてください。

  • ア行>あ い う え お
  • ワ行>わ ゐ う ゑ を

かうなつてゐる筈です。詰まり、最初が「わ」なら、次は「ゐ、う、ゑ」と續くべきであつて、「わ、い、う、え」と言ふ新假名の活用は、ワ行とア行との兩方にまたがつて仕舞つてゐる譯です。これは合理的でも美しくもありません。

似たことは形容詞の活用にもあります。音便といふ言葉を御存知でせうか。「寒くなる」が話言葉の影響で「寒うなる」に變化するやうな場合を指します。さて、「ありがたい」の連用形「ありがたく(頂戴します)」が音便で變化すると、歴史的假名遣では「ありがたう」であり、語幹の「ありがた」はそのままの形で殘ります。ところが、新假名遣だと「ありがとう」となり、語幹が「ありがと」に變はつてしまひます。そもそも語幹とは文法上、變化しない部分を意味するのですから、語幹が變化するなんて矛盾そのものなのです。「高い」「赤い」などについても同じ事が言へます。

皆さん、學校で現代文法を習つた時、實にわかりにくいと思はれませんでしたか? 新假名遣で語形變化の規則が崩れた事が一因だと思ひます。こんなわかりにくい文法だと、外國の方の日本語學習もさぞ大変でせう。特に、嚴格な文法を尊ぶ(?)ドイツ語圈の人からは文句が出さうです。

次に、漢字です。

「売」といふ字は正字體では「賣」です。「貝」といふ字が含まれてゐるので、 金錢(大昔は貝を金錢代りに使つた)に關係ある字だと想像出來ますし、「買」「財」「寶(宝)」などとの關連も一目でわかります。新字體ではそれらの興味深い關連がわからなくなつて仕舞ひました。

それから、正字體の「學」「榮」「單」は別々の系統の字だと一目でわかります。 ところが、新字では「学」「栄」「単」と頭の部分が同じになつて仕舞ひ、あたかも同じ系統の字であるかのやうな誤解を與へます。

「拂」「佛」「沸」は正字體だと同じ系統の字だとすぐわかりますね。すべて讀み方は「フツ」だといふ事も想像がつきやすい。ところが、新字では「払」「仏」「沸」となり、「沸騰」の「沸」だけが元のままです。どうせ變へるなら、「沸」も「サンズイにム」に變へればよささうなものなのに、他の字と整合性の無い不規則を招いてしまつた。一方、「払」「仏」は「弘」や「広」と紛らはしい形になりましたが、 「払」「仏」と「弘」「広」とは全然關係のない字なのです。讀み方も異なります。

このやうに、新字新假名は合理的な正字正假名をぶちこはしにして仕舞ひました。 あへて「古い」正字正假名で書く行爲は、恰好よく言へば、戰後の理不盡な國語改革に對するささやかなレジスタンスですね。

Re: Re: なぜ書くか、「古い」表記で 00/06/22

チューリッヒの木村貴です。いやあ、暑いですね。S子さん、Tさん、御返事が遅れて濟みません。レディファーストで、まづS子さんに。

未然形 、 連用形 、 終止形 、 連體形 、 假定形、 命令形

この活用形の名前久しぶりに目にしました(殆ど忘れてました)。ところで、未然形 ‘言は(う)’ は、‘言お(う)’と発音するのですか?

さうです。「言はう」は「いおう」と發音します。

しかし、コンピューターで書く場合は、変換してくれるので手間が新字と同じかもしれませんが(怖いので「北極三號」まだ開いてません)、手書きの場合は画数が多くて時間がかかりそうですね。

手書きの場合は、丁寧な手紙などで無い限り、略字でも構はないと思ひます。勿論、行書や草書で書くのでしたら、活字通りに書く必要はありませんね。

昔、正字體を使用していた頃は、もしかして横書きでも右からインクで手を汚しながら書いていたのでは!? 木村さんも、手書きの場合は右から書かれますか?

昔は手書きで横に書く事はまづ無かつたやうです。印刷物の場合ですと、横書きでも左から右に書く例が意外に多かつたやうですよ。例へば數學の教科書など。下記のサイトをご覽ください。

http://kan-chan.stbbs.net/word/migiyoko.htm

> > 戰後の理不盡な國語改革に對するささやかなレジスタンスですね。

急激な経済成長を遂げる中で、書く時間の節約の必要性があったのでは?

日本が經濟成長を遂げたのは、江戸時代以來の知識の積重ねがあつたからで、 その知識は多くは漢籍から得たものです。漢字を讀む力が衰へたら、日本經濟も 駄目になると思ひますよ。

中国に行った時(4年前!?)、確か「広」を‘ム’無しで‘まだれ’だけで、書くようになったと聞いた覚えがあります。ただ、新字へ略する方法が地方のよって違うとか言ってましたけど。漢字は‘見て’理解するには、アルファベットよりも早いと思いますが、やはり、書くのに時間がかかるのがネックになるのではないでしょうか? 印刷するのに、インクも余分にいるし...不経済な気がします。

手で書く時には行書で大いに結構だと思ひます。それに何より、今はパソコンがあります! 戰後、「漢字はタイプライターで打てなくて非效率だから廢止すべきだ」と云ふ説に一時勢ひがあつたのですが、評論家の福田恆存さんは「漢字を書く機械なんてすぐ出來る」と反論しました。福田さんの豫言通りになつた譯です。印刷するのにインクは餘分に要るかもしれませんが…、その邊は大目に見てやつてください。世界全體から言へば、漢字の印刷物なんて少ないでせう。

Tさんからは、

ひとつ質問があります。正字正仮名の文法的な合理性については、今回書いて下さったことだけでも明らかなようですが、発音との関連はどうなのでしょうか。特に仮名の方の問題になると思いますが、現在の発音から見ると、新字新仮名より遠いようで、それこそドイツ語圏の人から文句が出そうですね。これは古い発音などと関係があるんでしょうか。もしご存知のことがありましたら、お時間のある時にでもお教え下さい。

と云ふ御質問でした。

表記と發音とが一致する事が合理的かと云ふと、必ずしもさうでありません。ドイツ語で「愛する」と云ふ動詞はlieben(リーベン)で、形容詞にするとlieb(リープ)となりますが、「プ」の字を書かずに「ブ」の字のままに殘してあります。發音通りにliepとするよりは、言葉同士の關連がわかり、合理的と言へます。日本語の場合も、もし杓子定規に全て發音通りに書くとしたら、「僕わ學校え行く」とか、「バナナお食べた」とか書かなければならなくなります。

合理的かどうかは、個々の言葉と發音との一對一の關係よりも、全體の整合性を見て考へた方がいいと思ひます。

(「スイス・ハッピーネット(通稱スイッピー)」のメーリングリストより。平成13年1月14日再録)

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