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2004年4月30日 (金)

正統表記啓蒙小作戰

讀めます書けます

「讀みやすくはない」、でも、感想を述べてくださるのだから、意味は傳はつてゐる。本當は讀めてゐるんです。だとすれば、あとはちよつとした慣れだけですよ。現在の國語表記で文章が書ける人なら誰だつて抵抗なく、歴史的假名遣ひ・正漢字で讀み書きできるやうになります。書道をやる人なら、正漢字に親しんでゐるはずです。 短歌や俳句をやる人なら、歴史的假名遣ひをよくご存知のはずです。ご覧のやうに、ワープロ辭書だつてあります。堅苦しく考へず、ほんの遊びのつもりで、たまに書いてみたつていいんです。面白いですよ。もちろん國語の勉強にもなります。

I is a Japanese.は「やさしい英語」?

たしかに、戰後の國語改革を推進した學者や役人は、「話し言葉に近づけた方が一般大衆も書きやすいだらう。漢字も畫數が少ない方が書きやすいだらう」といふ「親切心」から新字新かなを導入した。それはその通りだと思ひます。しかし、それは「一般大衆は愚かだから」といふ思ひ上がりと、言葉についての底の淺い理解に基づいてゐたと思ひます。

江戸時代の庶民の識字率は當時の世界でトップクラスだつたさうです。要は教育です。國語が難しいのなら、それを教へる側と學ぶ側が努力するのが筋。國語の方を變へて仕舞はうなんて本末轉倒です。早い話、「英語のbe動詞の變化を覺えるのは大變だから、主語がIだらうとyouだらうと、全部isを使ふやうに英語を變へやう」などと馬鹿げたことは誰も言ひません。それなのになぜ日本語だけ勝手にいぢることが許されるのか。

それに、漢字の畫數を少なくしたり、漢字をなるべく使はなくしたり、假名遣ひを發音通りに近づけたりして、「やさしい書き言葉」になるわけではありません。むしろ理解しにくくなるでせう。長くなるので福田恆存さんの『私の國語教室』から一例だけ引きますが、「いち(人名)は行つてしまつたと言つて頂戴」といふ文を、話し言葉に近づけて漢字もなくして「イチャイッチャタッテッテチョーダイ」と書いたらわけが判りません。

若者と「喧嘩」とは穩やかでない言い方だつたかもしれませんが、要は、若者(私も若者ですけどね。時と所によつては)の言い分をただ聞くのでなく、眞劍に議論するといふことです。

Mさん、たしかに現在の國語教育は駄目なところがたくさんあります。小説の斷片を讀ませて「この時の登場人物の氣持ちは」なんてくだらぬ試驗をやつて、讀み書きの力なんてつきやしない。國語教育の目的は讀み書きの技術の習得に限定した方がいいと思ひます。「文學教育もどき」なんかいらない。しかし國語教育自体をおろそかにしてしまつたら、數學だつてできなくなるでせう。

私はクラシック音樂や漫畫も好きですが、本も好きです。本なんて讀みたい人が讀めばいい。とくに古典なんて骨が折れる。山に例へれば、高い手強い山ですから。(私は登山の趣味はありませんけれど)。みんながみんな、アルプスの頂に登る必要はない。でも、高い山は登つた時の氣分の良さもきつと格別でせう。

石炭をば早や積み果てつ

チューリヒの木村です。年は65歳ぢやありませんよ。それぢやあうちの親父と一緒です。サイバーグループがこんなに樂しいとは正直豫想しませんでした。人と議論すると本當に勉強になります。インターネットの掲示板なんかでは、氣に入らないと口汚ない言葉で中傷してくる人もいるみたいですが、當グループは皆さんフェアな方たちばかりです。それに私、よく考へたらスイスの話題つて全然書いてませんね。いいんでせうか。

さて、それはそれとして…。「失なはれつつある言葉を大切にしながら、それを新しい表現で説明してゐく。萬人に分かる表現で説明してゐくことが重要」とNさんがおつしやるのは、私も全く同感です。かう言ふと、とたんに「わかりにくい表現を使つてゐるぢやないか!」と皆さんから突つ込みを入れられさうですが、ちよつと待つてください。

私が書くことに皆さんが返事をくださると言ふことは、皆さん、私の文章が実際はある程度、いや、ほとんど全部讀めてゐるといふことでせう。歴史的假名遣ひ、正漢字といふと何だか難しく聞こえるかもしれませんが、前にも書きましたやうに、少し練習すれば書けるやうになるし、讀むのはもつと簡單にできるんです。少しの努力で「萬人」が分かるやうになる、その程度のものなんです。現に戰前はみんなやつてたんですから。

「失はれつつある自然を大切に」しやうと言ふのなら、多少の努力が必要なやうに、「失なはれつつある言葉を大切に」するには、面倒かもしれませんが、多少の努力はいるんぢやないでせうか。「そんな文章を書いたら變人や右翼に思はれるからいやだ」といふ人もゐるでせう。私もその氣持ちはわかりますから、強要はしません。當り前です。私は總理大臣ぢやあありませんし、そもそも言葉は政治が口を出すべきものではありませんから。政治が口を出した結果が現在の日本語です。

「言葉を大切にする」とは、言葉の形を大事にすることが基本だと私は思ひます。それを大切にしたうへで、では、私が考へる「新しい表現」とは何か。それは口語體です。私がいくら昔の言葉が好きだからと言つて、「石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静かにて…」(森鴎外「舞姫」)なんて文語體でメールを書くなんて能力はありません。書いたとしても、それこそ「わかりにくい表現」で、讀んで貰へないでせう。

しかし鴎外は一方で、我々が現在使つてゐる口語體のお手本を作り上げてくれ た恩人でもあります。

「古い話である。僕は偶然それが明治十三年の出來事だと云ふことを記憶して ゐる。」(「雁」)

これは口語體ですね。口語體は「新しい表現」です。ただ、私は、文語體の豐かな言葉がなくなつて仕舞ふのも寂しいと思ひます。週間文春の連載で高島俊男さんが書いてゐましたが、「野獸死すべし」とか、「大いなる西部」とか、文語體でなければピリッと締まらない場合も多い。聖書なんかも、文語體のほうがずつと格調高いですよね。今は無理だけど、勉強して、永井荷風みたいな文語體の日記が書けたら格好 いいなと思ひます。

書き言葉は規範である

こんばんは、チューリヒの木村です。Oさんからいただいたご質問へのお答へです。

「なるべく話した通りに、發音通りに書く」といふ現代かなづかいの理屈をどこまでも推し進めれば、極端に言へばこんなひどい文章「イチャイッチャッタッテッテチョーダイ」になつてしまふ、といふ事が私は言ひたかつたんです。常識的な崩しかたなら、さすがにここまでひどくはならないでせう。でも、実際に「イチャイチャッタッテ…」並みに崩してしやべる人もゐます。早口の人なんかは特に。テレビドラマの臺詞を書くのなら、「いちゃ行っちゃったって言ってちょーだい」といふ書き方でもまあ構はない。

でも、普通の(例へば卒業論文とか會社に提出する報告書とか新聞の記事とか)をこんな文章で書くやうになつたら、異常でせう。書き言葉と話し言葉は別のものだ。しかし、「話すように書く」ことがいい事だ、といふ理屈をいつたん認めてしまつたら、文章の崩れに齒止めがきかなくなつてしまふ。

上みたいに極端な例でなくても、「私は男です」を「私わ男です」、「學校へ行きます」を「學校え行きます」と子供が書いても、「それは間違つてゐる」といふ理由がなくなる。だつて、「發音通りに書くほうがいい」と教へられてゐるんだから。

つまり、子供はかう思ふでせう。「何だ、ふだんは『聞いた通りに書けばいいんだよ。やさしいだろ?』と物分かりのよささうな事を言つてゐるくせに、都合が惡くなると『理屈を言うな』か!」

そんな不信感を子供に與へるくらひなら、最初から、「言葉といふものは昔から書き方に決まりがあつて、話した通りに書いてはいけない。理屈はだんだんわかつてくるが、今はとにかく覺えなさい」と教へた方がいい。

もう少し大きくなつたら、こんな話もできるやうになる。

「書き言葉は、きちんとした文法に從つてゐるんだよ。『ありがたう』といふ言葉は、活用しても『ありがた』の部分は變はらないだろう? それを語幹つて言ふんだ。何だか數學みたいに規則正しくて、面白いだらう?」

「炎のことを『ほのほ』つて書くのは、最初の『ほ』が火の意味で、あとの『ほ』が穗の意味だからなんだ。つまり炎つていふのは、『火の穗』なんだ。ほら、ろうそくの炎は麥の穗みたいだらう?」

つまり、「子供(庶民)にわかりやすい國語を」といふ大人(インテリ)の「思ひやり」は、言葉のかたちを崩すだけでなく、子供(庶民)から知的好奇心のきつかけすら奪つてしまふのではないでせうか。

話がそれてしまひましたが、Oさんが「イチャイチャッタッテッテチョーダイ」といふ書き方を「崩しすぎ」と感じられたといふことは、心の中に「書き言葉」が表現の規範としておありだといふ事。たいへんまつたうな言語感覚をお持ちだと思ひます。

人間は「お手本」としての書き言葉がしつかりしてゐないと、論理的に話したり物を考へたりできません。大切な「お手本」は、みだりにいぢつてはいけないと思ひます。みなさん、「今くらゐの崩れなら、氣にならない」と思はれますか? しかし、たとへ多少の崩れでも、それを政府が容認する(といふより、それが正しいと主張する)のは何かが狂つてゐます。

「崩れ」だと思ふなら、たとへささいな點でも改めさせるべきです。もしも國の會計が1億圓狂つてゐて、「全體から見たらわずかな額なんだから、そんなに騷ぐなよ」とおつしやいますか? それとも、「さうではない、今のかなづかいは正しい。これは進歩だ。政府は狂つてゐるどころか、すばらしい先見の明があつたのだ」と思はれますか? 續きを書きます。とりあへずこれで。

言文一致の悲劇

「書き言葉は規範である」の續きです。Oさんから教へていただいたのですが、アメリカでDo she……? といふ表現があるさうですね。しかし、Oさんが言はれるやうに、これはあくまで話し言葉。それもかなりブロークンの。それに合わせて規範(お手本)としての書き言葉を直したはうがいいと言ふことにはなりません。

大人が子供の前では毅然としてゐなければならない事が多いやうに、書き言葉は話し言葉に安易につきあつてはならない。生徒に甘いばかりで毅然としたところのない教師は、結局生徒に馬鹿にされ、尊敬を得られないのと同じです。これは單なる物の喩へではない。「子供が苦勞しないやうに國語を變へよう」といふ戰後の甘い國語政策と、子供をきちんと叱れない親や先生が増えて荒れ放題の戰後の教育は、どこかでつながつてゐます。

それはともかく、「子供や庶民は難しい言葉はわからない。だから言葉をやさしく變へてやらないといけない」といふ思想は、大人やインテリの思ひ上がりだと思ひます。やさしい言葉を使ふのはいい。しかし、本來の言葉をねぢ曲げてまで「やさしく」するのは、もはや許容範圍を越えてゐる。

日本は「言靈のさきはふ國」などと言つてゐるくせに、実際は、「言葉は神がお造りになつた」と信じてゐる西洋のほうが言葉を大事にしてゐるでせう。「一木一草にも神樣が宿る」などと言ふ日本人が、さつぱり自然を大事にしないのと似てゐます。 自然も言葉も平和もみんな努力無しに維持できると錯覚してゐる。

Nさんが書かれたカミュの話は興味深かつたです。私はフランス語はちんぷんかんぷんで、具體的な面白味がわかりませんけれども…。ただ、カミュだつて、「萬人がわかるやうに」フランス語の綴りを「やさしく」改竄したりはしなかつたはずです。大體、フランス語は英語と竝んで、綴りと發音が一致しない言葉の両横綱でせう。誇り高きフランス人は文語體を口語體に變へても、言葉の形を守る。日本人は守らうとしない。少なくとも、言葉に對する「こだはり」がフランス人の足元にも及ばない。

明治以降の日本人は「言文一致」といふことを、「話し言葉を書き言葉に近づけて格調を高める」のでなく、「書き言葉を話し言葉と同じ水準に引きずり降ろす」ものだと勘違ひしてしまつた。少なくとも、後者に偏重してしまつた。言文一致運動を推進した坪内逍遥は後に、「あれは間違ひだつた」ともらしてゐたさうです。それは、日本語が文語の格調を失つてしまつたからです。その証拠に、日本は詩を失つてしまつた。戰後の詩人の作品で愛唱に値するものが果たしていくつあるでせうか。小説でも、森鴎外や幸田露伴、もう少し若い人では中島敦のやうなリズムのある文章を書ける人が何人ゐるでせうか。大江健三郎が外國人からノーベル賞を貰つたからと言つて、思想の内容はともかく、彼の文章に日本語として魅力があるでせうか。

「日本は經濟大國から文化大國に脱皮せよ」と主張する人は少なくありません。しかし、まともな詩人もゐない國がそんな大それた事を言ふのは滑稽ではないですか。イギリスには、國を代表する立派な詩人に「桂冠詩人」の称号を與へる制度があります。先日、ロンドンに行つた時、本屋に桂冠詩人のテッド・ヒューズの最新詩集が山積みになつてゐました。さすがシェイクスピア、ミルトンを生んだ國です。しかし、日本にだつて昔は立派な詩人がたくさんゐたのに、なぜかうなつてしまつたのか。それは明治以來の誤つた言文一致運動が生んだ悲劇ではないでせうか。それをただすどころか、間違ひに輪をかけたのが戰後の國語改革なのです。また長くなりました。おやすみなさい。

ただ若き日を惜め

こんにちは。Sさん、「舞姫」の思ひ出、興味深く拜讀いたしました。實は「言葉は發音通りに書いた方がいい」といふ議論は明治時代にすでにありまして、さうした意見に對し、鴎外はかう反論してゐます。

「倫理などでも忠孝節義などを本當に行つて居るものは何時でも少數者である、それが模範になつてそれを廣く推及ぼして國民の共有にするのであります。少數者のして居ることにもう少し重きを措(お)くのが宜しいかと思ふ」(「假名遣意見」)

昔から、正確な假名遣ひを知らない多數派の庶民は、いい加減な書き方をしてゐたんだと思ひます。だからと言つて、それに調子を合せて假名遣ひを變へるのは本末轉倒だ、鴎外はさう説いたのです。

ところで、書き言葉には文語體と口語體があります。文語體の美は、Sさんのおつしやる通りです。私が特に好きな文語體の文藝は、明治・大正期の譯詩です。

秋の日の
ヴィオロンの
ためいきの
身にしみて
ひたぶるに
うら悲し。
(ヴェルレエヌ「落葉」、上田敏譯)

綾にしき何をか惜しむ
惜しめただ君若き日を
いざや折れ花よかりせば
ためらはば折りて花なし
(漢詩、佐藤春夫譯)

ただ、口語體にもいい譯詩はあります。

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
(漢詩、井伏鱒二譯)

私は鴎外や佐藤春夫のやうに流麗な文語體を書く能力はありません。といつて口語體でも井伏鱒二のやうな名文は無理ですが、せめて論理的な口語體の文章を書けるやうになりたいと思ひます。なほ、念の為に申し添へますと、「文語體、口語體」は文體の分類で、「歴史的假名遣ひ、現代かなづかい」は表記法の分類です。文語體を書けない私でも、歴史的假名遣ひは練習すれば書けるやうになつた。私が以前のメールで書いたのはさういふ事です。ではまた。

大野晋氏の志賀直哉批判

こんばんは、チューリヒの木村です。Nさん、大野晋さんの話、興味深く讀みました。私は大野さんの本はあまり讀んでゐなくて、大野さんの專門の日本語の起源の話は弱いのですが、最近評判になつた『日本語練習帳』(岩波新書)の中で、大野さんが志賀直哉に對して非常に厳しい批判をしてゐるのにちよつと驚きました。志賀直哉は終戰直後、「日本はフランス語を國語に採用すべし」といふ意見を表明しました。「小説の神樣」とまでいはれた大作家が日本語を廢止せよと主張したのです。私もこの事實自體は、むかし丸谷才一さんの本で讀んで知つてゐたのですが、大野さんはかう批判してゐます。

「志賀直哉は、言語を、スウィッチによつて、右に切り換へれば日本語、左に切り換へればフランス語といふやうに、切り換へのきく裝置とでも見てゐるかのやうです。(中略)おそらく彼は『源氏物語』など讀んだことがないのでせう。志賀直哉には、『世界』もなく、『社會』もなく、『文明』もありはしなかつた。それを『小説の神樣』としたのは大正期・昭和前期の日本人の世界把握の底の淺さのあらはれであるでせう」

大野さんは温厚な人といふ印象があつたものですから、かういふ激しい言葉を書かれるとは、意外に思ひました。大野さんは新字新かなで書かれますが、戰後の國語改革には批判的な立場をとつてゐらつしやつたと記憶してゐます。

文學の衰退

こんばんは。チューリヒの木村です。Nさん、大野晋さんについての情報ありがたうございました。『日本語練習帳』の中にも、大野さんは以前は志賀直哉を一番尊敬してゐたと書いてゐました。たしかに思ひ入れが深かつたから批判も嚴しくなつたの でせうね。

その前のメールで、日本の傳統的詩歌として和歌、短歌、俳句、川柳をあげられ、これらは文語體の詩歌としてちやんと生き残つてゐると指摘されました。それはたしかに事實です。しかしその短歌にしても最近は、(俵萬智さんみたいな口語體でなく)文語體で詠まれてゐるにもかかはらず、作者自ら現代かなづかいで表記してゐるものが増えてゐます。講談社學術文庫の『現代の短歌』から原文のままの表記で任意に拾ふと、

取り壊しされいる家の屋根裏が捲られて秘色めくもの現わる(濱田康敬)
秋の野のまぶしき時はルノアールの「少女」の金髮の流れを思う(佐藤通雅)
どこかさめて生きているようなやましさはわれらの世代の悲しみなりき(道浦母都子)

萬葉集以来の傳統は必ずしも安泰ではないのです。また、明治に興つたいはゆる新體詩は、西洋詩の模倣から出発したにせよ、傳統詩歌に劣らず、日本文化に大きな貢獻をしてきました。島崎藤村、北原白秋、西條八十、室生犀星、佐藤春夫といつた錚々たる過去の顔ぶれに比べ、現代の詩壇がいかにも寂しくなつた事實は否定出來ませ ん。

詩の衰退は國語表記だけが原因ではないでせうけれども、現代の日本人の國語能力の衰退を象徴してゐる氣がします。たとへ短歌や俳句が曲がりなりにも生き殘つてゐるとしても、新體詩、小説、演劇などを含めた廣い意味での「詩」、つまり文學は、全體として、やはりやせてしまつたと言はざるを得ません。

そうなつたのには、讀者の側にも原因があるでせう。例へば、戰前の著作を新かなづかいに書き換へて出版することがほとんど當り前になつてしまひましたが、それに反對意見を言ふ人はほとんどゐない。岩波文庫の夏目漱石や芥川龍之介や福沢諭吉の文語體の著作は、すべて新かなづかいに直されてゐます。山路愛山の『徳川家康』『豊臣秀吉』などは、愛山自身の文章はもちろん、引用された江戸時代の文献まで新かなづかいに改竄されてゐます。そして、元禄時代の荻生徂徠の『政談』はまるまる新かなです。

このメールグループでは「古典は大事にすべし」といふ意見の人が多いと思ふのですが、世間一般ではさうではないらしい。反對しない人が多いからこそ、出版社もかういふ表記で本を出し續けられるのでせう。いや、むしろ讀者は昔の著作そのものに興味がなくなつてしまつたのでせう。Nさんのおつしやるやうに、個々には立派な文章を書き、古典を大事にする若い人はもちろんゐると思ふのですが、總體として見れば、日本語はやはり悲劇的状況、少なくともその入り口に立つてゐると私は感じます。

皆樣へ、追記:用語について若干の補足説明をします。

「文語體」は江戸時代以前に書かれてゐた古文の文體。あるいは、明治以降に古文を模倣して書かれた文章の文體。

「昔、男ありけり。」「石炭をば早や積み果てつ。」

「口語體」は、近代の話し言葉をもとに、明治時代以降に編み出された文體。私たちがふつう使つてゐる文體。

例:

「私はその人を常に先生と呼んでゐた。」
「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終壓へつけてゐた。」

誤解しがちなのは、「口語體」も書き言葉であり、ふだん會話してゐる言葉とは違ふといふ事。また、歴史的假名遣ひで書いた文章がすべて文語體ではない。上の例のやうに、口語體でも歴史的假名遣ひを遣ふ場合がある。と言ふか、昔はそれが當然だつた。 以上、蛇足ながら。

徒然なり

こんばんは、チューリヒの木村です。TAさん、メールうれしく拜見しました。私はスイス人のやうに何カ國語も話すことはとてもできませんので、言葉の好き嫌いの比較は難しいのですが、ロシア語の合唱や英語の民謠、流行歌は好きです。ドイツ語のリートはどうもとつきにくくて、まだしつかり聽いたことがありません。ベートーヴェンやバッハの器樂曲は大好きなんですが。合唱音樂で一番好きなのは、パレストリーナやヴィクトリアが作曲したルネサンス時代の教會音樂ですが、これはラテン語です。ラテン語が讀めるわけではありませんけれど…。

日本の方言はいいですね。私は熊本縣なんですが、熊本には「肥後狂句」といふ熊本辯の川柳や、「肥後にはか」といふ熊本辯の大衆演劇があつて、面白いですよ。退屈な事を熊本辯で「とぜんなか」と言ふんですが、これは「徒然なり」が語源らしいです。方言には古い言葉が残つてゐますね。大阪辯はむかしあまり好きでなかつたんですけれど、桂米朝さんの落語を聽いてから好きになりました。スイスにも米朝さんのCDを持つてきて、時々聽いてゐます。落語みたいな、おぢいさんが一人でしやべつてゐるのを大勢で樂しんで聽く藝能は、よその國にもあるんでせうか。とりとめなくて失禮しました。ではまた。

(メーリングリスト「スイス日本サイバーグループ(SJCG)」 への投稿。投稿時期はすべて平成11年11月頃。平成12年3月5日再録)

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