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2004年4月29日 (木)

ザ・コメンテーター/ドストエフスキーの卷

テーマ曲が流れ、番組スタート。
くめ 皆さん今晩は。全く新しいニュース解説番組『ザ・コメンテーター』の始まりです。司會は私、くめもんた。親愛なるパートナーは……。

尾飾 今晩は、尾飾有紀です。
くめ どうぞ宜しく。さて、『ザ・コメンテーター』は世界の超一流知識人を解説者としてスタジオにお招きし、内外のニュースを鋭く分析して頂かうと云ふ、知的なあなたの爲のゴージャスな報道番組です。では早速、第一囘のゲストを御紹介しませう。いきなり凄い方ですね。
尾飾 ですね。
くめ フョードル・ドストエフスキーさんです!
ドストエフスキー、無言で着席する。
くめ 御紹介する迄もなく、ドストエフスキーさんはロシヤの大文豪でいらつしやいます。日本へようこそ。いやあ、お會ひ出來て感激です。私も學生時代、『貧しき人々』を讀んで泣きました。ヒューマニズム溢れる視點から現代社會をどう御覽になつてゐるでせうか。では有紀ちやん、ニュース行きませう。
尾飾 國聯ミレニアムサミットから入つたニュースです。中國の唐外相は國聯總會での演説で、アメリカのNMD、米本土ミサイル防衞構想は典型的な「冷戰時の思考」と非難するとともに、國聯はかうした危險な展開を止めるべきだと述べました。
くめ ミサイルでミサイルを撃ち落とすだなんて、レーガン大統領の「スターウォーズ計畫」の二番煎じぢやあ無いですか。全く、冷戰が終はつたのにいつまでこんな事をやつてゐるんでせう。さう云へば、ドストエフスキーさんの國のプーチン大統領もNMDには反對してゐますね。ドストエフスキーさん、人間はいつになつたら本當の意味で文明に目覺めて、軍擴や戰爭なんて愚かな事をやらなくなるんでせうか?
ドストエフスキー …………(長い沈默)。
くめ ドストエフスキーさん?
ドストエフスキー …………(なほも沈默)。
くめ (さすがに不安になつて)あ、あの、ドストエフスキーさん、どこか御加減でも惡いのでは…。聞くところでは、何かその、えー、厄介な、いやあの、御病気を抱へていらつしやると云ふ事ですが…。
ドストエフスキー (ぼそりと)一體、文明が吾々のどこを温和にして呉れると云ふのだ?
くめ はあ?
ドストエフスキー 文明が人間のうちに作り上げて呉れるのは、感覺の多面性だけであり……それ以外には何もありやしない。この多面性が發達する結果は、擧句、人間が流血の中に快樂を發見するところまで行き着くかもしれない。
くめ 「流血の中に快樂」? ち、ちよつとドストエフスキーさん、この番組はお子樣も勉強の爲に御覽になつてゐますので、どぎついジョークは……。
ドストエフスキー ジョーク? 周圍を見廻してみたまへ。血は川をなして流れてゐるばかりか、まるでシャンパンか何ぞのやうに、いとも陽氣に流れてゐるではないか。
くめ 「陽氣に」つて……(絶句)。
尾飾 (小聲で)くめさん、「視聽者御意見センター」に抗議の電話が……。
くめ (氣を取り直して)ドストエフスキーさんは、世界がさう云ふ悲惨な状況だからこそ、平和を守る努力をしなければいけない、さうおつしやりたいんですよね。例へば國際的な平和教育の制度を作るとか。さうですよね。
ドストエフスキー 人類自身の利益のシステムで全人類を更正させるなどといふ理論は、人間は文明によつて温和になり、殘虐を減じて、戰爭もしなくなるなどと云ふのと同じで、只の屁理屈に過ぎない。
くめ そんな。軍擴競争の擧句、核戰爭で世界が滅亡するなんて許せないでせう?
ドストエフスキー 世界なんか破滅したつて、私がお茶を飲めればそれで好い。
くめ ……(再び絶句)。
尾飾 (囁く)くめさん、抗議電話に對應しきれないさうです。
くめ (汗を拭く)ド、ドストエフスキーさんは矢張り少し御加減が好くないやうです。兔に角、戰爭はいけない事です。日本は唯一の被爆國として、國聯でも核軍縮をはじめ平和への努力を訴へてゆくべきでせう。それでは今晩はこの邊で……。
ドストエフスキー (いきなりくめの胸倉をつかむ)ずるずるべつたりに苦しむよりは、寧ろひと思ひに劍を拔いたはうが好い!
くめ 苦しい。
ドストエフスキー (構はず聲を高め)そもそも! 今の文明國間の平和のいかなる點が、戰爭よりも善いと云ふのだらうか? それどころか、却つて平和のはうが、長い平和時代のはうが、人間を獸化し、殘忍化する……。(突然言葉が途切れ、椅子から仰向け樣に落ちる)
くめ、尾飾、ぎよつとする。くめ、慌てて椅子から降り、ドストエフスキーの上にかがみ込む。
くめ 大丈夫ですか! (獨白)だから云つたんだ、文庫本の表紙を見ろ、顏色が眞青だつて……。(叫ぶ)救急車を!
ドストエフスキー (むくりと起き上がる)「しかし血だからな、何と云つても血だからな」!
尾飾 きやッ。(驚いて椅子から落ちる)
ドストエフスキー …と、賢者たちは馬鹿の一つ覺えのやうに云ふが……。
くめ もう駄目だ。それでは全國の知的視聽者の皆樣、また來週……(氣絶)。
(平成12年9月15日)

參考圖書:『地下室の手記』(江川卓譯、新潮文庫)、『作家の日記』(米川正夫譯、松原正『人間通になる讀書術』(徳間書店)の引用を參照)

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