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2004年4月29日 (木)

箴言集 上田秋成

 汝しらず、近來の世の亂れは朕(わが)なす事(わざ)なり。生てありし日より魔道にこころざしをかたふけて、平治の亂を發(おこ)さしめ、死て猶朝家に祟をなす。見よ見よやがて天が下に大亂を生ぜしめん。――上田秋成『雨月物語』
(「白峯」中の崇徳院の言葉。大輪靖宏譯注『對譯古典シリーズ 雨月物語』旺文社、18頁)

 『雨月物語』は云ふ迄もなく日本文學史上屈指の名品であり、就中、その冒頭に收められ、「あふ坂の關守にゆるされてより、秋こし山の黄葉見過しがたく、……」と格調高く始る「白峯」は、異樣な力で讀む者に迫る。この短篇は、吾國の古典文學作品としては珍しく、二人の登場人物(崇徳院の亡靈と西行法師)の間に繰り廣げられる烈しい論爭が、作の中心をなす。
政爭に敗れ、非業の死を遂げた崇徳院は西行にかう主張する。天子の位といふものは人間の最上の位なのだ。もし上に立つ天子が人道を亂したときは、「天の命に應じ、民の望に順したがうて是を伐うつ」。自分の行爲のどこが間違つてゐるか。
 これを聽いた西行は臆せず反論する。たしかに、支那の『孟子』と云ふ書物は、周の時代、武王が紂王を討ち、とつて代つた事を「天下の民を安くす」と讚へてゐるらしい。しかし、これは天照大御神のお血筋の代々の天皇が絶えることなく續いてゐる吾國には適さない。「他國かのくにの聖の教も、ここの國土くにつちにはふさはしからぬことすくなからず」。だからこそ、支那から數多の書物が渡つて來る中で、『孟子』だけは、積んだ船が必ず神風に遭つて沈んでしまひ、日本に來ないと云はれるのだ。
 西行の反論に崇徳院がどう反應したかは、直接作品を讀んでいただきたいが、上田秋成は、この議論に於て、皇室制度の抱へる難問を直截に指摘してゐる。クリスト教の神は全知全能であり、何より虚構の存在なのだから、「神の沈默(不作爲)」が問題視される事はあつても、神が誤りを犯して問題となる事は原理的にあり得ない。從つて、クリスト教の思想體系は非常に鞏固である。だが天皇は實在の人間なのであり、當然、誤も犯す。その時、我々は當然沸起るであらう天皇批判に對し、十分な反論が出來るであらうか。或は、これまで出來たであらうか。今や秋成の時代と異り、孟子はおろか、西洋の平等思想・民主主義思想が何憚る事なく、日本には流込んでゐるのである。
 秋成は、同じ國學者であつた本居宣長の主張する天照大御神の絶對性と、日本の古代傳承の普遍性とについて、「日神ノ御事、四海萬國を照しますとはいかが」「書典はいつれも一國一天地」「日本魂と云も、偏るときは漢籍意にひとし」と眞向から批判した(今井淳・小澤富夫編『日本思想論爭史』、ぺりかん社)。この思想的態度は、作中の西行の口を借りて述べた「他國の聖の教も、ここの國土にはふさはしからぬことすくなからず」との言葉と整合する。孟子の教が支那と云ふ地理的限界を持つものであれば、神道の教も日本と云ふ限界を辨へねばならぬ――。秋成の主張には一貫性がある。
 だが思想は地理的枠を超える場合がある。だから秋成も、天皇の難問を完全に解決出來た譯ではない。しかし秋成は眞劍に考へた。簡單に片附かない難問を眞劍に考へる大事、それを我々は、我々の御先祖樣の一人である秋成からも學ぶ事が出來る。(平成13年1月22日)

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