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2004年4月29日 (木)

ジョン・リル氏に遭ふ

 5月28日、私はチューリッヒ空港のゲートで、搭乘開始を待つてゐた。すると、何だか見た覺えのある顏が前をよぎつた。あ! あれはジョン・リル氏ではないか! リルと云つても上海歸りの人ではない。ベートーヴェンを彈かせたら當代一とも云はれる英國人ピアニストである。話し掛けてみようか。だが、もし人違ひだつたら。いや、あの目玉、あの禿頭。上半身がワイシャツだけなので只の親爺さんにしか見えないが、紛れもなく、ASVから出てゐるピアノソナタ全集の寫眞と同一人物である。

 「失禮ですが、リルさんでせうか?」 思ひ切つて聲を掛けた。「さうだ」。私はのぼせ上がつた。「あなたのピアノ演奏、大好きです」。するとリル氏も嬉しさうな顏になつて、「有難う」と云つて呉れた。スイスで演奏會を開き、これからロンドンに歸るところだと云ふ。調子に乘つた私は「指は大丈夫ですか」と尋ねてみた。實はリル氏は一年ほど前、暴漢に財布を盜られさうになつて抵抗した際、ナイフで手を切られると云ふ、ピアニスト生命にかかはりかねない難に遭つたのである。リル氏は左手を動かしながら、「字が少し書きにくいが、演奏にはもう支障はない」と答へた。それはよかつた。
 リル氏は日本での知名度はまだ低い。日本人から聲を掛けられた事が餘り無いのか、「演奏會に來たら樂屋を訪ねておいで」とか、「お前はピアノは彈かないのか」とか、打ち解けた樣子で話して呉れたのが嬉しかつた。その他にも英語でいろいろ話してゐたが、よく意味が判らなかつたのでこれ以上追及しないで欲しい。私はリル氏の人柄にすつかり惚れ込んだ。私はピアニストでも、氣取らない職人肌の演奏家が好きである。ミケランジェリやらリヒテルやら、氣難しくて神經質で、何かと云ふと演奏會をキャンセルするやうなタイプは嫌ひである。
 別れ際に握手を交したリル氏の掌は、さすがピアニストらしくがつしりとしてゐた。人生、好い事もあるものだ。私はリル氏に肖り、不撓不屈のベートーヴェン魂を以て、ウェブにおける言論活動に今後も邁進する所存である。さうでなければならないか? さうでなければならぬ!(平成13年6月1日「地獄の箴言 掲示板」投稿。同年9月16日修正・再録。16年4月29日修正)

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コメント

John Lill が2012/1/29に魚沼市小出郷文化会館に来る。BEETHOVEN No.8,13,14,23 と在郷の人にはやさしい選曲。小生には29番か30-32を弾いてもらいたいところであるが。
まぁ行ってみようではないか。全席自由で3,000円である。

投稿: TSUBAKI | 2011年11月 3日 (木) 00時22分

お懐かしや、リルさん。あれから十年とは。
魚沼か。頑張れば行けるかも……
情報ありがたうございました。
http://www.city.uonuma.niigata.jp/bunka/

投稿: 木村 貴 | 2011年11月 3日 (木) 08時12分

何年も前にFMできいた ジョン・リル氏の
 すごい演奏で、名前を記憶していました。

また聞たいと思いながらも・・・・・・

2012 1 28日 名古屋の宗次ホールで
 コンサートがあります。4500円18時開演です。

 とても小さなホールです。

東京でもあるようです。おしらせまで。

投稿: なのはな | 2011年12月21日 (水) 06時36分

東京でもやるのですね。情報ありがたうございます。

投稿: 木村 貴 | 2011年12月21日 (水) 07時30分

ジョン・リルの東京公演は上野の東京文化会館1/31/19:00ですね。このピアニストが暫く日本にきてなかったのは信じられないくらいです。しかも彼の定評高いベートーヴェンプログラムですね。まずは何が何でも行くしかないですねえ。楽しみでーす。

投稿: ハーゼ | 2012年1月11日 (水) 14時56分

昨日、小出郷文化会館行って来ました。
いやーーすごかった。
当日駆け込みで行ってよかった。
最後のスクリャービンのetudeも最高。

投稿: nabo73 | 2012年1月30日 (月) 10時13分

昨夜、1月30日7時より武蔵野市民文化会館でリルのリサイタルがありました。曲目は後期3大ソナタ、30~32番でした。「魂が震える’至福の一夜’」とビラに謳われていましたが、「実に素晴らしく重厚にして華麗荘厳なピアノの響きだった。グランドピアノが今日ほど小さくリルが大きく映った…」などと日記に記したところです。
まさにリルのベートーヴェンソナタを生で聴けた至福の一夜でした。たまたま皆様のこれらの記事に巡りあえ感謝しています。

投稿: 杉本 利男 | 2012年1月31日 (火) 07時57分

上野の東京文化會館小ホールでの演奏會、行つて來ました。見事でした。三大ソナタの最終樂章はどれも大いに盛り上がりましたが、とりわけ最後の「熱情」はすごかつた。アンコールはありませんでしたが、それでも十分滿足の力の入つた演奏でした。リルさん、ありがたう。

投稿: 木村 貴 | 2012年1月31日 (火) 22時44分

木村様、皆様

小出郷は入場者数147名でした。23番が終わって
帰った人が3人いました。144人の拍手の手の高さは皆さんが目線の上でした。
op.126-1(多分)のパガテルもすごく良かったので もう夢中で拍手しました。青江三奈が得意の近所のお菓子屋のお母さんもウルウルでした。
そこへスクリャービンのop.8-12です。
超「かっこ良かった」です。

「すごい」としか言いようのない芸術に出会え、また感動を共有できるこのblogを知るきっかけったジョン・リルさんに感謝いたします。

投稿: nabo73 | 2012年2月 1日 (水) 01時38分

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