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2004年4月29日 (木)

僕、ボールぢやないよ

 早期漢字教育で知られる「石井式」の繪本を購入し、三歳の娘が寢る前に讀んでやつてゐる。これは決して決して親馬鹿ではないのだが、いやあ、よく字を覺える。將來は劇團昴の看板女優にしようか、それとも早稻田大學英文科の教授にしようかと、決して決して親馬鹿なんかではなく、惱む今日この頃である。

 さて、これまで讀んだ中から、お氣に入りの一册を紹介しよう。お氣に入りと云つても、娘よりはむしろ私が氣に入つてゐるのである。岡村好文繪『僕、ボールぢやないよ』。今氣附いたが、物語の作者の名前が無いな。あまりに凄い作家と云ふ事で、他社の引拔きを恐れて祕密にしてゐるのではないかしらん。なほ原文は略字新かなである。
 南の國に住むアルマジロのジローが主人公である。「僕はみんなから弱蟲つて言はれるけれど ほんとはさうぢやないんだ。怖いことがあると クルンと丸くなつちやう癖はあるけどね。」 或る日、ジローは鷲にさらはれる。恐怖で思はず丸くなつたジローは、丸いまんまの恰好で文字通り鷲掴みにされ空を行く。「うわー、高いよー! 怖いよー!」 怯えるジロー。しかし、これはほんの序の口なのだ。
 鷲の巣に連れて行かれたジローは、鷲が飛立つた拍子に海へと轉落。「うわー、目が囘るよー!」 そこへやつて來たのはイルカたち。助けて呉れるかと思ひきや、何とこいつら、「あつ、ボールが浮いてゐるぞ。」「ボール遊びをしよう!」 「ポーン。ポーン」と弄ばれるジロー。「うわわつ、僕はボールぢやないよ。やめてよ!」
 石井式の繪本は、各頁の文中に出て來た漢字を一つ二つ撰んで、繪の説明として大きく印刷してある。イルカのシーンでは、「遊ぶ」。 おいおい、たしかにイルカは樂しく遊んでゐるが、ジローの立場はどうなる。これはいぢめでは……。そんな思ひをよそに物語はさらにエスカレートする。
 「それ、シュート!」 ジローは鯨の頭の上に投込まれる。次の展開は皆さん御想像の通り。「プシュー! 突然、鯨は勢ひ良く潮を噴きました。」 「うわー、助けてー!」叫ぶジロー。ジロー頑張れ。ああ、しかし鯨の潮の上でくるくる囘るジロー、惡いけど面白いぞ。鯨笑つてるし。この頁の漢字は「鯨」と「潮」。氣も狂はんばかりのジローを横目に、しつかりお勉強。
 いよいよクライマックスである。ジローは鯨の潮で「森の廣場まで飛ばされました」。普通なら死んでゐるぞジロー。しかしその直後、ジローは本當に死にさうになる。狸やら兎やら、なぜかコアラやら、そして極はめつけは脚力の思ひ切り強いカンガルーまで寄つて來て、毆る蹴る、もとい、蹴る蹴るの暴行を加へられるのである。「みんなでサッカーをやらうよ。」
 さんざん蹴飛ばされたジローは必死で叫ぶ。「もう、僕はボールぢやないつたら、ボールぢやないんだ!」「えつ、ボールぢやなかつたんだ。ごめんなさい。」 御免なさいつて、それくらゐ氣附けよカンガルー。どう考へてもわざとやつてゐたぞ、今のは。
 語り手曰く、「さあ、みんなでサッカーをしよう。もちろん、本物のボールでね。」 當然だ。本物のボールのアップ。最後の漢字は「本物」。やつぱり、どう見てもジローとは色も模樣も全然違ふぞ、カンガルー。私の三十數年の讀書經驗の中で、本物と云ふ言葉がこれほど強烈に印象に殘つたことはない。
 最後に、繪を描いた岡村氏のコメントを紹介しよう。「この繪本がきつかけで、動物に興味を持つ子が増えてくれると嬉しいな。」 恐るべし、石井式繪本。(平成13年5月19日「地獄の箴言 掲示板」投稿。同年9月16日再録)

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