« 宗教と藝術 | トップページ | 「ゴーマニズム宣言」の道徳的問題點 »

2004年4月29日 (木)

船戸與一を讀まなくなつた理由

 私は十年ほど前、『山猫の夏』『夜のオデッセイ』など、冒險小説作家の船戸與一氏のかなりの作品を愛讀した。だが、或る出來事をきつかけに、ふつつりと讀まなくなつた。

 出來事とはかうである。ダシール・ハメットの小説『闇の中から來た女』を船戸氏が飜譯し、集英社から單行本として出版した。船戸氏は自他共に認めるハメット・ファンであり、「探偵がバーで酒の蘊蓄を垂れる小説なんぞ讀めるか」(大意)と、ハードボイルドのもう一方の雄たるレイモンド・チャンドラーを批判し、「日本のチャンドリアン(チャンドラー愛好家をかう呼ぶらしい)よ、反論があるなら云へ」と、作家仲間に喧嘩を賣つてゐたほどである。當時私は、船戸氏のさうした鬪爭的なところも好きであつた。船戸氏が尊敬して已まぬハメットの小説を自ら譯すのだから、ハードボイルド・ファン及び船戸ファンの間では相當注目された筈である。
 『闇の中から來た女』を私は立ち讀みでしか讀まなかつたが、船戸氏はハメットの生き方を念頭に置いてであつたらう、譯者後書に大凡次のやうな事を書いてゐた。「作家としての能力が衰へ、無樣な姿を晒すくらゐなら、この仕事を辭める方が増しだ」。私は、これもいかにも船戸氏らしい發言だと好ましく感じながら讀んだ。
 さて、同書の出版から暫くした或る日、「産經新聞」の文化欄に、小鷹信光氏による書評が掲載された。小鷹氏と云へば、『マルタの鷹』をはじめとする代表作の飜譯で知られるハメット專門家である。その小鷹氏による同書への評價は、辛辣を極めた。それも原作そのものでなく、船戸氏の飜譯に對する批判が殆ど全てなのである。小鷹氏によると、船戸氏の譯は誤りだらけの非道い代物であると云ふ。小鷹氏は、「人氣作家の名前を利用して安易に本を賣らうとするのはやめよ」と云ふやうな事まで書いてゐて、その嚴しさは、新聞紙上の書評としては異樣に感じられた程であつた。
 私は、やがて船戸氏が反論を寄せるだらうと思ひ、産經の文化欄を讀んでゐた。だが反論は見當らなかつた。別の場所で船戸氏が反論したと云ふ話も聞えて來なかつた。私は失望した。「後書」に書いたあの決意は何だつたのか。飜譯は船戸氏の本業では無いけれども、批判に應へずだんまりを決めこむ以上に、物書として「無樣な姿」は無いでは無いか――。
 私が船戸氏の小説を讀まなくなつたのは、その時からである。無論、船戸氏の反論の存在を私が知らないだけなのかも知れぬ。さうであるならば、どなたか教へてくださらないだらうか。(平成13年3月10日「地獄の箴言 掲示板」投稿。同年9月16日冒頭部分修正・再録)

|

« 宗教と藝術 | トップページ | 「ゴーマニズム宣言」の道徳的問題點 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30565/509633

この記事へのトラックバック一覧です: 船戸與一を讀まなくなつた理由:

« 宗教と藝術 | トップページ | 「ゴーマニズム宣言」の道徳的問題點 »