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2004年4月29日 (木)

トムは眞夜中の庭で

 「そのときから、ここへきて住んでるの?」
 「そのときからぢやない。バーディとわたしは、低地地方でくらしてゐて、たいへんしあはせでね。子どもは、男の子がふたり生まれた。ふたりとも大戰――いまでは第一次世界大戰といつてゐるやうだが、あの戰爭で戰死してしまつた。」おばあさんは泣かなかつた。むかし、泣いて泣いて涙をぜんぶ流してしまつたのだらう。
(フィリパ・ピアス『トムは眞夜中の庭で』 高杉一郎譯、岩波少年文庫)

 今年、岩波少年文庫は裝丁を一新して再スタートしたが、『トムは眞夜中の庭で』はドリトル先生シリーズやナルニア國物語など他の人氣作品とともに、發賣第一彈のラインナップに入つた。西暦1958年に發表された本書はイギリスの兒童文學賞として權威あるカーネギー賞を受けてゐる。時間旅行を素材に使ひ、幻想文學としても評價の高い作品である。私は一年ほど前に初めて讀んだが、期待に違はぬ感動を受けた。
 弟がはしかにかかつた爲、トムはをぢ夫婦のもとに預けられる。かつては立派な田舎屋敷の一部だつたアパートである。トムは退屈で寂しく、眠れない。階下のホールにある振り子時計が「十三時」を打つのを聞き、調べに行くと見事な庭園に續く扉を見つける。朝になると庭園は無いが、トムは毎晩庭に戻れる事を知り、間もなくそこで出會ふ人々、すなはち昔この屋敷に暮らしてゐたヴィクトリア時代の一家の生活に深くかかはるやうになる。中でも、家の人々に冷たくされてゐる孤兒のハティと仲良くなり、遊び友達となる。彼女だけがトムを見ることが出來る。ハティとの友情は親密なものとなるが、トムは間もなく、庭の中でも時間は止まらないことに氣附く……。
 引用した部分は、物語の終り近く、トムが現在の世界でハティと再會を遂げる場面である。眞夜中の時間旅行で出會つたハティは初め幼い少女であり、最後に逢つた頃は適齡期の女性に成長したが、今「ここ」でトムが對面してゐるのは、老婆となつたハティである。ハティは、をぢ夫婦の住むアパートの家主として階上の部屋に暮らしてゐたのである。豫期せざる再會の瞬間、目の前の「おばあさん」が誰かまだ氣附かないトムの腕を押へてハティは言ふ。「あんたは、ほんたうだつたんだね。血も肉もあるほんたうの男の子だつたんだね。」ハティにとつて、時を超えて訪れるトムは、時折不意に現れては消えて仕舞ふ幻のやうな不思議な少年だつたからである。
 やがてトムも老婆がハティに外ならぬ事を悟り、時間旅行で最後に逢つて以來の出來事を語り合ふ。ハティはバーディと云ふ青年と結婚し、しあはせに暮らしてゐたが、二人の息子を大戰で亡くす。それをトムに語る歳老いたハティは泣かない。「むかし、泣いて泣いて涙をぜんぶ流してしまつたのだらう。」とトムは想像する。恐らくその通りであらう。だが昔少女時代を過ごし、今はアパートに改造した邸宅の一室で獨り過ごす折節、「ぜんぶ流してしまつた」筈の涙がこぼれる時もあつたに違ひない。ハティはトムにかうも語つてゐるからである。「トム。あんたが私ぐらゐの年になればね、むかしのなかに生きるやうになるものさ。むかしを思ひだし、むかしの夢をみてね。」
 松原正氏が説くやうに、人間は正義を氣に掛けずにゐられない存在であり、それゆゑ戰爭は無くならない。人間が道徳的である爲には、戰爭は「最後の理性」として積極的に必要だとも思ふ。ゆゑに私は戰爭肯定論者である。しかし戰爭肯定論者は、ハティのやうに戰爭で息子を失ひ悲しむ母親の存在を忘れてはならぬと思ふ。無論、母親が我が子を愛するがゆゑに戰爭を望む場合も有るのであり、母性を反戰思想の道具に使ふのは僞善である。だが戰爭肯定論が戰爭否定論に比べ遙かに増しだとしても、夏目漱石が書いたやうに「世の中に片付くなんてものは殆どありやしない」以上、そこから零れ落ちるものは有る筈なのである。(平成12年6月18日。「戰爭と母性と」改題)

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