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2004年4月27日 (火)

松原正名言集 やるべき事を、やれる事をやる

 それゆゑ、私は最後に、七つの部隊の自衞官に言ひたい。諸官も私もいづれ必ずあの世へ行く事になる。それも老少不定だから、私が先とは限らないが、この度、我々が「七つの隅」 を照して、假にそれが何の驗も無かつたといふ事になつたとしても、我々は自分のやるべき事 を、或はやれる事をやつたのだから、いづれ先人と共にどこかの山の高みから、後人の「生業を見守る」事になつたとして、例へば、ビアク島のあの將校や小南良人二尉と同じ山の高みに竝んで坐る事になつたとして、我々はさほど疚しい思ひはせずに濟むであらう。少なくも「口を 愼め」との空幕の通達を無視した小南二尉には、生前、君が願つてゐた事を、少しばかり我々もやつたと報告する事が出來るし、それを聞いて彼はきつと喜ぶに相違無い。「以つて瞑す べし」ではあるまいか。(『我々だけの自衞隊』 展轉社 381頁)

 「小南良人二尉」は、三澤基地第三航空團所屬の練習機T41機に搭乘中、事故で殉職した航空自衞官である。享年二十六。松原氏は三澤を訪問した折、若手パイロットとの懇談で小南二尉と出會ふ。小南氏は「平和協力隊派遣の是非が議論されてゐた頃、空幕から『口を愼め』との通達が屆いたけれども、我々自衞隊が口を噤んでゐるだけでよいのだらうか。」と日頃の憤懣と惱みとを眞劍に語つた。彼の死を、松原氏はその一箇月後に知るのである。

 私は、國防の大事について自衞官と眞劍に語り合つた經驗が無い。松原氏と違ひ、何の見識も無い私のやうな人間でも、自衞官と知り合ひ、語る機會が得られるであらうか。これまで、その方途を探る努力さへしてゐないのだから、恥入るほかは無い。私より十歳も若い人たちが、命の危險もある嚴しい仕事に携はり、國民の無理解を嘆いてゐる。『我々だけの自衞隊』を讀んで、その事を知つた。自分は「やるべき事を、或はやれる事を」本當にやつてゐるであらうか。

 柳田國男は、人間は死んでも魂が故郷の山の高みにとどまり、子孫の生業を見守ると信じた。私もさう信じたい。 「生前、君が願つてゐた事を、少しばかり我々もやつたと報告する事が出來るし、それを聞いて彼はきつと喜ぶに相違無い。『以つて瞑すべし』ではあるまいか。」 『我々だけの自衞隊』本文の結語であるこの文章を讀む度に、私は涙が出さうになる。松原氏の著作の中でも、最も感動的な文章の一つである。(平成12年3月5日)

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