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2004年4月28日 (水)

明確に書き、明確に考へよ

 われわれの思考がばかげてゐるために英語が醜惡かつ不正確になつてゐるのだが、反面英語が亂れてゐるためにくだらない思考をいだくことが容易になつてゐる。肝心なのはその過程を逆轉できるといふことである。現代の英語、とくに書かれた英語には惡習がしみついてゐる。それは模倣によつて廣がるのであつて、その氣になつて必要な努力を拂へば囘避できるのである。さうした習慣から拔け出せば、もつと明確に考へることができるし、明確に考へることは政治の革新に必要な第一歩なのである。したがつて惡い英語との戰ひは、輕薄なことでもなければ職業的な文筆家のみの關心事でもない。
(ジョージ・オーウェル「政治と英語」 工藤昭雄譯。川端康雄編『水晶の精神-オーウェル評論集2』 平凡社ライブラリー)

 松原正氏はミニコミ誌「月曜評論」での連載「保守とは何か」において、西部邁、西尾幹二といつた保守派知識人を痛烈に批判してゐる。松原氏は彼等の主張内容を叩く以前に、まづ彼等の非論理的な文章表現に批判の矛先を向ける。粗雜な文章しか綴れない手合ひは粗雜な思考しか出來ないと云ふ信念からである。正しく、人間は言葉に據つてしか物事を論理的に考へられないのだから、文章が好い加減ならば思考の中身も好い加減に決つてゐる。呉智英氏が指摘するやうに、言葉(ロゴス)と論理(ロゴス)とはそもそも一體なのである。
 松原氏は「杜撰な言葉遣ひで書かれた本が横行し、それを誰も咎めない日本の實情に比べれば、北朝鮮のミサイルなど大した脅威でない」と云ふ趣旨の文章を書いた事がある。その通りだと思ふ。ミサイルには軍備さへ整へば反撃出來るが、杜撰な文章を恥ぢ、物事を論理的に考へる事は、一人一人の内面的な努力が必要である。そして物事を論理的に考へられなければ、國を眞に守る事は不可能である。
 小説「1984年」の作者として知られるオーウェルもまた、粗雜な言葉遣は粗雜な思考の表れである事を、乃至粗雜な思考しか生まない事を能く知つてゐた。彼は西暦1946年に書いた上記エッセイで、陳腐な比喩、大袈裟な言葉遣ひ、外來語や定義のはつきりしない語の濫用などを嚴しく咎めてゐる。彼は左翼であつたが、左翼の文章にも嚴しい。いや、寧ろ「體制側」に對する時よりも左翼に對する時の方が嚴しいやうにさへ感じられる。知的に誠實な男であつたからである。そして、知的に誠實なオーウェルにとつて、婉曲的な表現や氣取つた外來語や紋切型の比喩を多用する事は、眞の意圖を誤魔化す不誠實な行爲に外ならなかつた。
 例へば「ロシアの全體主義を辯護する、ぬくぬくとしたイギリスの教授」は、「さうすることによつてよい結果が得られるなら、反對者を皆殺しにするのに贊成だ」と率直に述べる代りに、以下のやうに婉曲的かつ大袈裟な文章を書くだらうとオーウェルは皮肉る。

 ソ聯の體制が人道的な人々の慨嘆を招くやうな若干の樣相を呈してゐることを認めるのにやぶさかではないが、私の思ふに、政治的反對の權利のある程度の削減は、轉換期の避けられない不隨事情であり、ロシア國民が忍ぶやう求められてゐる困苦は、具體的成果の面において十分に正當化されてゐるといふ點については、意見の一致をみるに違ひない。
 
 日本では、政治家が例へば「外敵に侵略されたら女性は強姦される」と當たり前の事を明確な言葉で述べると、袋叩きに遭ふ。こんな時必ず、「發言内容には贊成だが、言ひ方がストレート過ぎた」としたり顏で解説する人がゐるものだ。これはをかしい。己が「ストレートな言ひ方」で政治的損失を被る立場にあるならいざ知らず、「發言内容に贊成」であるならば、政治家や文士の明確な言葉遣を斷固擁護すべきである。「強姦」を「レイプ」と言換へれば滿足する人間は、オーウェルが非難した「ぬくぬくとしたイギリスの教授」と同じく、知的に不誠實なのである。
 オーウェルは明確な文章を書く爲の六ヶ条の規則を擧げてゐる。自分がこれを守り切れてゐる自信は無いけれども、少なくも守るやうに心がけたいと願つてゐる。

印刷物の上で見なれてゐる隱喩や直喩やその他の修辭をけつして使ふな。
短い語で十分な時はけつして長い語を使ふな。
一語削ることが可能な場合にはつねに削除せよ。
能動態を使へる時はけつして受動態を使ふな。
相當する英語の日用語を思ひつける場合には、外來の句や科學用語や專門用語をけつして使ふな。
野卑むき出しの言葉づかひをするくらゐなら、これらの規則のどれでも破れ。

(平成12年6月17日)

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