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2004年4月28日 (水)

強い「敵」のゐない國

種蒔きの時に學び、収穫の時に教へ、冬に味はへ。
死者の骨の上に汝の車と汝の鋤とを行れ。
過度といふ道こそ叡智の宮殿に通ずる。
用心は無能にかしづかれた富める醜き老女である。
意慾するのみで實行せざる輩は、惡疫を發生させる。
切られた虫は鋤をゆるす。
水を愛する者をば川に浸せ。
同一の樹が賢者には見えて愚者には見えない。(以下略)
(ウィリアム・ブレイク「地獄の箴言」 壽岳文章譯『無心の歌、有心の歌』 角川文庫)

 弊サイトに題名を借りたこの詩を知つたのは、例によつて松原正氏の著作によつてであつた。上に引用した以外にも、「怒れる虎は教育ある馬よりも賢い」であるとか、「癡愚の時間は時計ではかれるが、叡智の時間はいかなる時計もはかり得ず」であるとか、「實行されない願望を育てるよりは、寧ろ搖籃の嬰兒を殺せ」であるとか、大膽不敵な言葉が頻出する。恰も神を挑發するかのやうであり、別の詩で「仔羊よ 神さまのおめぐみあれ!」(「仔羊」)と無垢な祈りを歌つた同じ詩人とは信じられぬほどである。
 「地獄の箴言」を収めた詩集『天國と地獄の結婚』で、ブレイクは英國詩壇の大先達についてかう語る。「ミルトンが天使達と神のことを書いた時には意のままに筆が伸びず、惡魔共と地獄のことを書くや奔放を極めた理由は、彼が眞實の詩人であり、またそれと氣づかずしてみづから惡魔の仲間であつたがために外ならない」。 謹嚴なプロテスタントであつたミルトンを「惡魔の仲間」呼ばはりとは穩やかで無いが、この評言が自分自身にも當てはまる事をブレイクは強く意識してゐたに違ひない。
 『要説 日本文學史』(現代教養文庫)で、伊藤正雄は日本文學の特色についてかう述べる。「日本人は、思想上では概して常識的であり、調和的である。日本の一流の文學は、大抵調和の精神に滿ちてをり、『極端』は異端とされて喜ばれない傾きがある」「日本人は現實に對して從順であるから、西洋文學にみるごとき強烈執拗な懷疑や否定や反逆や抵抗の精神は、日本の文學には希薄である」 正しくその通りで、日本にはブレイクのごとく「強烈執拗な懷疑や否定や反逆や抵抗の精神」を持ち合せる文學者は存在しない。表面だけ眞似ても滑稽なだけであらう。日本には「強烈執拗な懷疑や否定や反逆や抵抗」に値する強大な敵、すなはち絶對神が存在しないからである。
 今も刊行されてゐるやうだが、私の學生時代、現代書館と云ふ出版社からイラストで哲學や思想を解説するシリーズが出てゐて、貝原浩と云ふイラストレーターが「天皇制」や「日本の軍隊」をテーマにした卷で、天皇をいかにも惡者らしく描いてゐた。彼の底意地の惡い黒つぽい繪は、その後も左翼系の出版物で時々目にする。しかし生身の人間に過ぎない天皇は、西洋の全知全能の絶對神に比べ、何と弱い「敵」であらうか。一般國民竝みの家庭生活を営めないのは可哀相だとて、左翼の中野重治から同情されて仕舞ふ程度なのである。西洋の文學者が、絶對神を本氣で「可哀相」だと思ふ事などあり得まい。
 「敵」が強ければ、立向かふ側も眞劍にならざるを得ず、「懷疑や否定や反逆や抵抗」は眞摯たり得る。戰前の天皇はまだしも「強い敵」たり得たが、今は天皇批判皇室批判を本氣で恐ろしいと信じてゐる言論人など存在しない。天皇御在位十周年の式典で歌つたロック歌手に東大の教師は得々と説教するし、大新聞は敬語を極力省略するし、インターネット掲示板には皇太子妃殿下が流産された事を喜ぶ書込みを平氣でやる手合ひがゐる。彼等は揃ひも揃つて、自分は「反權力」だと云ふ自己滿足に醉ひ癡れてゐるのであらう。強い「敵」がゐない國では、反權力も又、止めど無く腐敗するのである。(平成12年6月16日)

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コメント

雅子さんの流産が皇室にとって災いだ、と思っていい気になると皇室がまたいい気になるぞ。
なぜなら、現代の世界は食物の摂取や空気汚染の為、非常に
毒素を体内に吸収して知らずに生活しているもの。

胎内の子はこれを全部子宮内で吸収するので、第一の子を
流産する、ということは、次の子が比較的完全に健康なお子が
誕生する、ということですな。

要するに、意図的に流産した可能性はあるのです。

投稿: 匿名希望 | 2004年9月13日 (月) 14時41分

>要するに、意図的に流産した可能性はあるのです。

「可能性はある」? それだけで書くには重大過ぎる話だと思ひますが。そもそも、第一子だらうが第二子だらうが母親の胎内にゐる期間は同じなのだから、「毒素を体内に吸収」する度合は變はらないのでは。もう少し科學的に説明してください。

投稿: 木村貴 | 2004年9月15日 (水) 00時11分

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