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2004年4月28日 (水)

ヒルティの『幸福論』

 スイスに來てほぼ一年が過ぎたが、素朴とか質實剛健とかいふ言葉がこれほど似合ふ國は無いと感ずる。私の住むチューリッヒの町竝は華やかではないけれども、心を落ち着かせて呉れる。暮らす人々は外來者に對して直ちにあけつぴろげな人懷つこさは見せて呉れないかもしれないが、朴訥で人情味があり、きれい好きで交通マナーが好い。

 ある同僚は「チューリッヒの女性はズボンをはいたり黒い服を着たりして女らしくない」などと失禮な事を言つた。とんでもない。知性を感じさせ、私は好きだ。「バリー」の地味で丈夫なコートや靴も好い。高いのであまり買へないが。

 かうしたスイスの質實剛健ぶりをそのまま形にしたやうな本がある。カール・ヒルティの『幸福論』だ。スイスに來る前に岩波文庫で出てゐる全三册を買つて、面白さうな處から拾ひ讀みしてゐる。解説によると、ヒルティは1833年にザンクト・ガレン州に生まれた哲學者で、國際法の大家でもある。1909年、七十七歳で歿した。彼の人となりを知るには、くだくだしく説明するよりも、實際の文章を紹介した方が早いだらう。以下の引用はすべて「第一部」から取つたものである。各引用の後に私の感想を附ける。

 ――あまりにも長く肉體上のことに、例へば飲食やその他のことに、かかはつてゐるのは、品性の卑しいしるしである。(中略)時間と精力とは、もつぱら精神のために用ゐなければならぬ。

 スイスに暮らして唯一困るのは食事である。安くてうまい店は無いものかと探し求め、友人に教へて貰つた某一流デパートの食堂に二、三囘行つてみた。その後、やめた。最近は、後れてスイスに到着した愚妻の愛情辨當か、通信販賣で買つた「赤いきつね」や「緑のたぬき」かを食べてゐる。ヒルティに倣ひ、「時間と精力と」を「もつぱら精神のために用ゐ」てゐる譯である。
 しかしヒルティは單なるケチケチ親爺ではない。かうも言ふ。

 ――きみが簡素な暮らし方になれてゐるからといつて、それを誇つてはならぬ。(中略)貧しい人たちはどんなに困窮して暮らしてゐるか、彼らはどんなに多くを堪へしのぶかを思ふがよい。

 カップ麺を食べてゐる事を自慢したりして、赤面の至りである。赤面と言へば、ヒルティはこんな戒めもしてゐる。

 ――會合の席で、きみのした行爲や冒險についてたびたび、そしてくどくどしく話さないやうに注意するがよい。なぜなら、自分のおかしてきた危險を囘想するのは、きみにとつては愉快なことであつても、他人がそれを聞くのはさほど愉快ではないからである。

 こんな上司、ゐませんか? 私はかういふ事はしてゐないと思ふ。醉つてゐてあまり覺えてゐないけれど。
 讀んでゐてつくづく感心するのは、ヒルティの勤勉ぶりである。やはり彼の書いた『眠られぬ夜の爲に』(岩波文庫)の解説によると、大學の講義は朝の時間を選び、冬は八時、夏は七時に始めた。大學が七十五歳の誕生を祝ふ爲に時間を問ひ合せたら、「最も都合のよいのは朝の七時」と答へたといふ。學生や同僚の先生方はさぞ眠たかつたらう。『幸福論』では仕事のやり方についてこんな事を言つてゐる。

 ――まづ何よりも肝心なのは、思ひ切つてやり始めることである。仕事の机にすわつて、心を仕事に向けるといふ決心が、結局は一番むづかしいことなのだ。
 ――あまり自分自身を大事がらないことである。いひかへれば、時間、場所、位置、氣乘りや氣分などの準備に長い暇をかけないことだ。
 ――小さい時間の斷片の利用と、「今日はもう始めても無駄だ」といふ考へをすつかり取り除くことが、ある人の生涯の業績の半ばを形づくる、と言つてもさしつかへないであらう。

 「どうも仕事をする氣にならない」とか、「この時間からやり始めてもどうせ終はらない」とか、自分に言ひ譯してゐた事に恥ぢ入るほかない。しかしヒルティとて疲れたら息拔きくらゐする筈だ。さう思つて探したら……

 ――ある程度の疲れが出て來たら、(中略)決して仕事そのものをやめてしまふ必要はない。(中略)といふのは、仕事を換へることによつて、必要な休息と同じくらゐに元氣が囘復するものだからである。

 何と。仕事に疲れたら別の仕事をすれば好かつたのか。目から鱗が落ちる思ひである。さらにヒルティは説く。

 ――時間をつくる最もよい方法は、一週に六日~五日でも七日でもなく~一定の晝の(夜でない)時間に、ただ氣まぐれでなく、規則正しく働くことである。
 ――(正午に充分休みを取るわがスイスの方法なら)十時間ないし十一時間、すなはち、午前に四時間、午後に四時間、晩に二時間ないし三時間働くといふことは、しごく簡單である。われわれの仲間はたいてい、あの評判のよい八時間勞働では到底やつていけないのである。
 ――未來は働く人のものであり、社會の主人はいかなる時代にも常に勤勞である。

 こんな事を今の日本で公言したら、「働き蜂」だの、「社畜」だの、しまひには、將來は「濡れ落ち葉」「粗大ゴミ」だのと嘲笑されるのが落ちであらう。しかし一日に十一時間も働くかどうかは別として、つひこの間まで勤勉は日本でも立派な徳だつた筈ではないか。
 ヒルティは勞働の尊さを説くが、社會主義者ではなかつた。むしろ以下のやうに冷ややかな視線を向けてゐる。

 ――今日の社會の状態を見ると、ふたたびある社會改革が起こつて、現在働いてゐる人々が支配階級になるであらう(中略)。しかしこの市民たちも、彼等の先行者と同じやうに、ただ利札を切つて、つまり他人の勞働で暮らさうとするなまけ者になつてしまへば、結局滅びるほかはないであらう。

 ――たとへば福音書、使徒の手紙、(中略)舊約聖書の大部分、コーランの各章、(中略)近世では「天路歴程」「トム叔父の小屋」、ルターやラサールの小論文、これらはおそらく、現代の教義學の教科書やマルクスの「資本論」を讀む者がゐなくなつても、なほ讀まれるであらう。

 譯者の草間平作は解説にかう書いてゐる。「ついでにちよつと注意しておきたいのは、ヒルティは随所で社會主義の惡口をいつてゐることである。社會主義は勞働者階級の『しつと』に根差し、『憎しみ』をあふる、と彼は非難する。しかし、この事情は今日すでに大きく變化してゐることはいふまでもない。(中略)われわれは、この點におけるヒルティの時代的な狭さを超えて讀まねばならないと思ふ」。この解説が書かれたのは昭和三十六年である。ベルリンの壁が崩れた今、「時代的な狭さ」にとらはれてゐたのはヒルティか、それとも譯者自身かは明らかだらう。
 勿論、ヒルティは「善く生きる爲に働いた」のであつて、「働く爲に生きる」仕事中毒者でも、「稼ぐ爲に生きる」拜金主義者でもなかつた。彼の生きる支へは何だつたか。前の引用からもわかるやうに、クリスト教へのひたむきな信仰であつた。祖國についてかう語る。

 ――獨裁君主國の眞ん中に、民主共和國(スイス)がただ一國介在するといふことは、もし神がなかつたなら、たうてい不可能なことである。(中略)政治上の自由がなければ、また宗教上の自由も長くは維持されず、結局やはり人間隷屬に陷るであらう。

 現在、日本は經濟的な先行き不透明感に覆はれてゐるといふ。確かに景氣は惡いより好いに越したことはないが、世界一の豐かさを享受しながら、かうまで焦燥感に苛まれるのは何故なのか。「どう生きるべきなのか」「何の爲の經濟か」といふ精神面の大前提を見失つてゐるからだと思ふ。
 しかしヒルティと異なり、大多數がクリスト教徒でない我々日本人は、聖書をそのまま生きる指針には出來ない。それを何に求めるべきなのだらうか。
   (スイスの日本關係の會報に寄稿した文章。オリジナル原稿執筆は平成11年1月。表記を改め、内容も若干手直しした)

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コメント

 讀者からメールを頂戴しました。

 インターネットを渡り歩いているうちに、偶然、貴方のサイトのヒルティについて言及されている部分に出会い、読ませていただきました。その中で、貴方が誤解されている点があると思われるので、こうしてメールしております。
 といいますのは、文章中で、ヒルティの文章として引用されているもののうち、最初の3つは、ヒルティ自身の文章ではなく、エピクテトスという古代哲学者のものだと思われるからです。
 『幸福論』第1巻の二つ目の稿「エピクテトス」は、キリスト教とストア哲学の相違についてのべ、心身ともに発達段階にある青年期にあっては、キリスト教よりもストア哲学の方が、自らを律する指針としてふさわしいことを主張するものですが、その中で、ストア哲学の実践者としてエピクテトスをあげ、その言葉がヒルティの注釈つきで紹介されています。
 先に述べたように、引用されている文章のうち最初の3つは、このエピクテトスのものと思われます。些細なことと思われるかもしれませんが、長年ヒルティを愛読してきている私としては、どうしてもお知らせしておきたく、メールしてしまいました。
 どうか、お気を悪くなさらないことを願います。

 確かめたところ、御指摘の通りです。お恥づかしい。原文はこのままとし、このコメントを訂正に代へさせて戴きます。

投稿: 木村貴 | 2004年7月 1日 (木) 23時39分

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