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2004年4月29日 (木)

呉智英氏の思ひ出(3) 講演

 『封建主義、その論理と情熱』を讀んで數ヶ月後、大學の學園祭に呉氏が講演者として招かれる事を知り、その偶然に驚いた。呉氏の話を直接聽けるのは非常に嬉しく、是非行かうと思つたが、一つだけ困る事があつた。當時テレビの深夜番組「オールナイトフジ」で人氣を博してゐた女子大生タレントグループ、「オールナイターズ」が呉氏の講演と同じ時間に歌を披露する事になつてゐて、私はそのチケットをすでに買つてゐたのである。確か二千圓くらゐだつた。

 當時私は郷里の關係の學生寮に住んでゐたが、土曜の夜になると仲間數人とテレビを持つ友人の部屋に入浸つて、だべり乍ら「オールナイトフジ」を樂しんでゐた。二千圓はさして惜しくはなかつたが、學園祭を訪れたオールナイターズの山崎某や松尾某の顏を拜んでみたいと云ふミーハーな氣持ちはやや斷切りづらかつた。

 しかし今や私は、呉氏の著作によつてインテリゲンツィアの使命に目覺めた男である。ここは福澤諭吉も説いたやうに、痩我慢こそ肝要だ。オールナイターズの入場券をポケットに入れたまま、私は講演會場となる教室へと向かつた。後で友人に話したら、しつかり者のその友人は「勿体無い。誰かにチケットを賣れば好かつたのに」と言つた。成る程。しかし小心者の私は、切符を買つて呉れる人を探し囘つて賣附ける事なんぞ、思ひ附いても實行出來なかつただらう。

 講演が始まつた。私は椅子代りの木のベンチと長机とを竝べた教室の中ほどに座り、呉智英氏を初めて身近に見た。『インテリ大戰爭』の著者近影に比べ幾らか老けて見えたが、印象は事前に想像した通りであつた。痩身、への字に結んだ口、細縁眼鏡の奥の二重瞼と鋭い眼。呉氏は立つたまま、少し甲高いよく通る聲で、轉向論、柳田國男、朝鮮の反日運動等について語つた。文章と同じく、明瞭な話し振りであつた。

 呉氏は雜誌「朝日ジャーナル」西暦1984年11月23日號で、講演の模樣についてかう記してゐる。私は後日、單行本でこの文章を初めて發見した。

 會場は、つめて座れば百二十人ほど入る教室である。參加者數は約五百人(主催者側發表)。といふのは冗談で、客觀的に言へば、八十人か九十人ほどであつた。學生數四千人弱とかいふ大學の學園祭の講演會としては盛況である。/私の話は、次のやうな流れで展開した。/現在の保守化の眞因は、政治力學的解釋によつて探られるのではなく、思想の内容・思想の有効力を考へなければならないこと。そこで參考になるのが、轉向論である。(中略)/反應はまづまづ。話を終へて質疑應答に移ると、反應はさらに活發になつた。人物評、ニューアカデミズム觀、マンガ論。(『バカにつける藥』より「オールナイターズから奪つた八十人の聽衆」)

 質疑應答で私は質問しなかつた。間拔けな發言で呉氏や聽衆から失笑を買ふのが恐ろしかつたのである。しかし、呉氏の話を直接聽いた八十人の一人になれた事には深く滿足した。その後、「オールナイトフジ」と同じ土曜深夜(と云ふか日曜未明)のテレビ番組「朝まで生テレビ」で討論する呉氏の姿を見掛けるやうになつたが、現在までのところ、私が呉氏と間近に接したのは十六年前の大教室での一度切りである。講演が終り、少し肌寒い戸外に出ると、それまで微かに聞えた音樂が止んでゐた。オールナイターズだつたのだらうか。私はチケットを捨てた。(平成12年7月31日)

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